世界の歪み 14
ローズの真紅の瞳に、少女は何かを感じたようだった。人には無い色、鮮やかな血の色を映すその瞳に。
しかしローズは少女の問いにはっきりとは答えず、曖昧に笑ってこう告げる。
「でも今は私にもお友達がいるんだよ。奇跡は無かったけど、普通に大切なお友達が出来たんだ。だから大丈夫、奇跡じゃなくても友達は出来るよ」
少女は不安げな眼差しをローズに返して、「でも……」と呟く。悩む少女に、ローズは優しい笑みを向けた。
「そうだ、じゃあ私が一緒にお願いしに行ってあげるよ!」
「え、お願い?」
今度はローズが唐突な事を言い、少女が首を傾げる。うさこも「きゅいぃ?」と鳴き、不思議そうな様子でローズを見ていた。
ローズは優しい微笑から力強い笑顔に表情を変え、「そう、お願い!」と、何か使命感ある様子で胸を張りながら繰り返す。
「『一緒に遊ぼう!』って言うんだよ! 私もついてってあげるからさ!」
「え……だけど皆私が行くと怖がって逃げちゃうし……」
迷う少女にローズは「大丈夫」と告げる。うさこも少女を励ますように、少女を見上げながら腕を上下に激しく振った。
「私も一緒だから」
「きゅいいぃ! きゅい、きゅいぃ!」
「あ、うん、そうだな。うさこも一緒だよな」
少女はローズとうさこを交互に見つめ、やがて「大丈夫かな?」と不安げに呟く。ローズはもう一度力強く頷き、「大丈夫だよ」と彼女に告げた。
「……う、ん……じゃ、じゃあ……行ってみる……」
少女は涙を拭い、そう決意したようにローズたちに言う。少女のその言葉にローズはまた優しく微笑み、「うん」と彼女は頷いた。
「それじゃ早速……って、あ……そういえばジュラードどうしよう……」
ローズがそう言ってジュラードの存在を思い出すと、タイミング良く店から出てきたらしい彼かローズを見つけて声をかけてきた。
「おいローズ、お前こんなとこで一体何を……」
買い物を終えたジュラードが、荷物を持ってローズたちの元へとやって来る。彼は店の前で待っていなかったローズに、訝しげな視線を向けて近づいてきた。そして彼女と共にいる少女に気づき、眉間に深く皺を寄せる。
「誰だ……?」
ジュラードの強面に睨まれ、少女は思わず肩を震わせて怯える。少女が誰なのかを見たかっただけのジュラードに悪気は無かったが、普通に顔を見るだけでも睨まれた様にも感じられる彼の怖い顔に怯えた少女はローズの後ろに隠れた。
「あぁ、彼は私と共に旅してる人だよ。ジュラードと言って、強くて頼りになるけど怖い人じゃないんだ」
ジュラードに怯える少女に、ローズが安心させるようにそう声をかける。そして彼女はジュラードにも、たった今出会った少女を紹介した。
「ジュラード、この子は……あれ、名前なんだろう?」
「……アルメリア」
少女が小さく自分の名前を告げると、ローズは「アルメリアちゃんって言うのか」と確認してから、改めてジュラードに彼女を紹介した。
「アルメリアちゃんって言って、彼女は……」
「ゲシュか?」
ジュラードがアルメリアの顔を鋭い眼差しで見ながら、ローズの紹介を遮り言う。彼がそう固い声で言った瞬間、アルメリアの表情が怯えたように歪んだ。
ローズはジュラードの雰囲気が若干いつもと違う事に気づき、ちょっと躊躇いながらも「あぁ」と頷いた。するとジュラードは不機嫌そうに、ローズにこう言う。
「ゲシュに関わるとロクなことが無いぞ」
「え……」
不機嫌を隠さずに告げたジュラードの言葉に、ローズはひどく驚いた様子となる。アルメリアは硬い表情で、ローズの服の裾を小さく握った。
「ジュラード?」
「……」
ローズにとって、ゲシュを嫌うジュラードの反応は予想外のものだったのだろう。それが世間一般では普通の反応なのだが、共に行動をしている彼に関してはそういう差別意識は無いものだと、そう無意識にローズは考えてしまっていたのかもしれない。
ジュラードはアルメリアを無視するように、ローズに背を向けながら「早く行くぞ」と告げた。そうして一人歩き出した彼に、ローズは慌てる。
「あ、待ってくれジュラード!」
ローズは歩き出したジュラードにそう声をかけたが、ジュラードはその呼びかけを無視するようにどんどんと彼女から離れて行く。ローズは一瞬悩んで、そして不安そうなアルメリアに「ちょっとここで待ってて!」と言った。
「あの、彼悪い人じゃないんだ! 話せばわかってくれるから! ごめん、ここで待ってて!」
「お姉ちゃん……」
ローズはまた泣きそうな顔になっているアルメリアに微笑み、うさこに「彼女の傍にいてあげて」と声をかける。うさこは使命感から凛々しい顔つきとなり、「きゅいいぃー!」と元気良く返事をした。
「ごめんね、すぐ戻るから!」
ローズはそう言うと、アルメリアとうさこを残してジュラードを追いかける。そう言えば自分もゲシュなのだと伝えていない事を思い出しながら、彼女は遠ざかるジュラードの背中に手を伸ばした。
この世界には”ゲシュ”という、人に忌みられた種族が存在する。
彼らはこの世界の住人であるヒューマンと、魔界という別世界の住人である魔族の間に生まれる混血種。
混血ゆえに居場所を失った彼らは、『禁忌』という蔑称を名付けられて迫害を受けていた。
「ジュラード、待ってくれ!」
街の人ごみの中、やっとジュラードの背中に追いついたローズは、彼の背中に手を伸ばして引き止める。彼女が服を掴んで呼び止めると、やっとジュラードも足を止めた。
「ジュラード、ちょっと話が……」
ローズがそう声をかけると、ジュラードは先ほどと同じような不機嫌な表情でローズの方へと顔を向ける。彼のその表情にローズはまた戸惑いを感じたが、しかし彼女は思い切って話を切り出した。
「ジュラードは……ゲシュが嫌いか?」
ローズの単刀直入な問いに、ジュラードは表情を変えぬままにこう答える。
「それが普通なんじゃないのか?」
「普通?」
問いを問いで返されたローズが迷うように首を傾げると、ジュラードは小さく溜息を吐いた後にこう彼女に言葉を向けた。
「普通は皆ゲシュを嫌うだろ」
「……皆が嫌うから、お前も嫌うのか?」
ローズが再度問うとジュラードは数秒考えるように沈黙した後に、小さく「あぁ」と頷く返事を返す。それを聞いた瞬間、ローズは胸がひどく痛むのを感じた。
「……話はそれだけか?」
ジュラードからの答えを聞いた後に沈黙したローズに、彼は感情を抑えたような静かな声でそう告げる。ローズはいつの間にか俯いていた顔を上げて、また一瞬迷う素振りを見せたが口を開いた。
「いや、まだある。……私はまだ、大事な事をお前に言ってなかった」
「なんだ?」
不可解そうに表情を変えたジュラードに、ローズは告白を告げる。
「私もゲシュだ」
ローズがアリアの容姿となってから、瞳の色が普通とは違う以外にゲシュとしての強い特徴はなくなっていた。本来のローズは先ほどの少女同様に、瞳に明らかなゲシュの特徴が宿っていたが、今の彼女は他人に”ゲシュ”と明確に指摘される事はほとんど無い。
だからローズも安心している部分があり、それによって彼女自身自分がゲシュだという事を普段は忘れていた。だがローズにも混血の呪縛が確かに宿っているのだ。父親から受け継いだ魔族の血が半分、この肉体には流れている。
「ゲシュ? お前が……?」
目を見開き驚くジュラードに、ローズは胸に痛みを抱えたまま「そうだ」と頷いた。
「その、別に隠していたわけじゃないんだが……わざわざ言う事でも無いかなって思っていて……」
小さく震える声が、ジュラードにそう真実を伝える。
ローズにとってこれが初めての、自分が”ゲシュ”だという事の告白だった。長く自分自身も知らなかったことだから、この告白がこんなにも緊張し、そして怖いことだとは彼女も知らなかった。
「だから……あの……ごめん……」




