浄化 57
「それにしてもフェイリス、随分と嬉しそうね」
率先して買い物をするローズとアーリィの後姿を眺めながらにこにこと微笑んでいるフェイリスを見て、マヤはそう彼女へと声をかける。するとフェイリスは少し驚いた表情でマヤを見返した後、少し恥ずかしそうにはにかみながら「えぇ」と頷いた。
「その……自分の誕生日を祝ったり、祝っていただいた経験がここ数年ありませんでしたので」
「あぁ……まぁ、元軍人さんだものね。今も忙しそうだし。そんな暇も余裕も無いわよね」
「はい。それにもういい歳ですし、一人で祝うのもなんだか……という気持ちで毎年普通に過ごしていましたので」
フェイリスは照れた様子で「ですが、やはり誰かにお祝いしていただくのはいくつになっても嬉しいものですね」と答える。そんなフェイリスの様子を見て、マヤとウネはなぜだか胸がキュンとした。
「フェイリス、あなた……可愛いわね」
「えぇ、なんだか……とてもかわいいと感じてしまったわ」
普段は仕事一筋で出来る女性という一面しか見せないフェイリスの、意外に可愛らしい一面を見てしまったからだろうか。マヤとウネは口を揃えてそんなことを言う。そんな二人にフェイリスは動揺したように小首を傾げて「ええと……?」と困惑を返した。そんなフェイリスの反応すら、なんだか普段とのギャップが可愛いとさえ感じてしまう。
「フェイリス、アタシも個人的に誕生日を祝ってあげるわ。何か欲しいもの無い? あ、ローズ本体以外でね」
「あら、マヤ様……そのお気持ちだけで充分嬉しいです」
フェイリスは妖艶に微笑みながら、「皆さんとご一緒に過ごせるだけで十分です」と答える。
「本当にそれだけでいいの? 随分と謙虚ねぇ」
「そうですか? では、しいて希望を伝えるのなら……今夜は一緒に寝て頂ければ嬉しいです」
にこにこと楽しげに笑いながらそう答えたフェイリスに、ウネは無表情で小刻みに首を横に振る。マヤは「寝るくらいなら、まぁ……」と呟いて、前で買い物を続けるローズを見た。
「いいか。アタシも一緒だし。うん、いいわよ」
「本当ですか? 嬉しいですっ……ふふ」
勝手に寝る約束をされたローズはフェイリスたちの会話に気づかないまま買い物を続けている。ウネは彼女の後姿を心配そうに見つめ、「ローズ、どうか無事で……」と小さく呟いた。
◇◆◇◆◇◆
その頃、魔獣の”ポチ”を使っての魔物探しをしているジュラードたちは、日が暮れかけた薄暗い森の中をさ迷っていた。
「おいイリス、まだ見つかんねぇのかよー! 役立たず、もう日が暮れるぞ!」
気温も下がってきた森の中で、ひたすらターゲットとする魔物を探して森をさ迷う羽目になっている現状に不満たらたらなユーリが、前を歩くイリスにそう文句と共に声をかける。イリスは先を行く魔獣の後姿に視線を向けたまま、ユーリへ不機嫌に「うるさい」と返した。
「うるせーとはなんだ! 俺は今この場にいる全員の気持ちを代弁して言ってやったんだぞ!」
イリスの態度に文句を重ねるユーリに、彼の隣を歩くジュラードは苦い顔で「役立たずとまでは誰も思っていないだろ」とツッコミを入れる。一方で『まだ見つからないのか』という部分に関しては否定はしなかった。
もちろんジュラードにはイリスを責める気持ちは微塵もなかったが、しかし”肉団子”探しを始めてから二時間弱歩いて見つけたのは通常の魔物だけだった。そろそろ日も暮れるし、ジュラードも内心では『まだ見つからないのだろうか』と思っていた頃である。
「先生、今日はもう日が暮れますし……いったん孤児院に戻るのはどうでしょうか?」
完全に日が暮れて夜になれば魔物は活性化し、危険性が増す。捜しているのが魔物であるのだから、魔物の活性化を期待してこのまま夜間も捜索を続けるのは一つの手でもあるかもしれないが、自分たちの疲労が溜まってきていることを考えると一旦捜索はお開きにして、明日以降の再開が最善の選択にも思える。そう判断したジュラードは、控えめながらもそうイリスへ意見を告げた。するとイリスは振り返って足を止める。彼が足を止めると、先導していたポチも同じく足を止めた。
「そうだね。ちょっと疲れてきたし……ジュラードの言う通り、その方がいいかな」
「ありがとうございます、先生」
イリスが自分の意見を了承してくれたことに安堵しつつ、彼はふと心配そうにイリスを見る。
「先生、なんかちょっとどころじゃなく……すごく疲れてません?」
二時間弱山の中を歩いて、その上魔物との戦闘も何度かしたのでジュラードも当然疲れていたが、しかしイリスの疲労はそれ以上に見える。冴えない表情で顔色を悪くするイリスは、ジュラードの気遣いに「大丈夫だよ」と弱々しく笑って返事をした。
「ずっと歩いてたから、少し疲れちゃっただけ……」
そこまで言うと突然イリスは気を失い倒れる。驚くジュラードが「先生?!」と叫び、ラプラが素早く気を失ったイリスに駆け寄った。
「ど、どうしたんだ?!」
心配し動揺するジュラードは、完全い意識を失っているイリスを抱きかかえたラプラに問いかける。ラプラはイリスの様子を窺いながら、神妙な面持ちでやがてこう口を開いた。
「力の使い過ぎ、ですね。ポチを常時操っていたことで体力と魔力を消耗し過ぎたのでしょう」
ラプラが真面目な顔で『ポチ』と言うのが何かシュールだったが、今はそんなとこにツッコミを入れている場合ではない。ジュラードは「大丈夫なのか?」と不安げにラプラへと聞いた。
「通常の魔物は幻術やブレスなどの能力を使う場合は魔力を消費しますが、イリスの場合は自身の魔力が無いのでそれら能力を使う場合は他者から奪った魔力を使います。しかしそれで足りない場合は体力等を消耗して不足を補うので、その消耗が激しかったのでしょう」




