浄化 56
「そうでしたか。ではいいタイミングでお会いできたということですね」
「えぇ、もう最高にグッドタイミングよ。ちょうど今フェイリスに会いに行くかを話していたところなの」
マヤの説明を聞いたフェイリスは嬉しそうに微笑んで「そうだったのですか」と言葉を返す。そして彼女はローズに視線を向けた。
「!?」
フェイリスはただ視線を向けられるだけでも身構えるほど緊張する美女だが、今ローズが思わず身構えてしまったのは彼女が美人だからという理由だけではないだろう。脳裏によみがえるトラウマの数々を必死に振り払いながら、ローズは引きつった笑顔で「フェイリス、会えてヨカッタ」とややお世辞気味な言葉を彼女へ挨拶として向けた。
「えぇ、ほんの数日ぶりですが……またお会いできてよかったです。会長には薬の調合に必要なものはすべて整いつつあると、そうお話してありますので安心してくださいね。明日、直ぐにでも調合をはじめられると思いますよ」
「そ、そうか。相変わらず仕事が早くて助かる……」
ローズに褒められてフェイリスは嬉しそうにはにかんだ後、「それで、今日はもう遅いですしどこかにお泊りになられるのですか?」と彼女たちに聞く。その質問にローズとウネの表情が強張り、一方で疲れて仕方ないアーリィは「そのことで今、ローズたちと話してたんだ」とあくび交じりに答えた。
「宿をとるか、フェイリスのお世話になるかでローズとマヤが揉めてて……」
「も、揉めては無いぞ、アーリィ」
「あら、それならぜひ家に来てください。我が家はいつでも歓迎ですよ」
フェイリスがにっこりと微笑み、「宿代わりにでもなんでも使っていただいて結構ですので」とローズたちに言う。そのフェイリスの有難い好意の言葉に、しかしローズとウネは素直に『はい』と頷けなかった。
「いや、でもフェイリス、毎回お世話になってるんだ……さすがに遠慮しないと私たちも心苦しいというか」
「そ、そうよ……毎度泊まるのは図々しいわ」
只より高い物はないと理解しているローズとウネがそう口を揃えて遠慮すると、フェイリスは「そんなことありませんよ」と案の定否定する。
「むしろその……一人の方が寂しいですので……」
「ほらーローズにウネ、フェイリスが寂しがってるわよ~。彼女を一人にさせたら可哀想よ」
「うっ……し、しかし……」
マヤはフェイリスの肩に飛び乗り、まだ渋るローズに対して「いいじゃない、お世話になりましょうよ」と言う。フェイリスもなぜかキラキラと期待した眼差しで自分を見てくるので、ローズは大きくため息を吐いた。
「ウネ、もうだめだ……諦めよう」
「ローズ、あきらめるの早くないかしら?!」
「いや、マヤがああなったらもう何を言っても聞いちゃくれん。私たちが折れるしか……」
マヤはすっかりお世話になる気のようだし、アーリィも体を休めればなんでもいいようで「早く決めて」と後ろで急かしてくる。これは自分たちが折れるしか選択肢は無いと悟ったローズは、「フェイリスの家に泊まらせてもらおう」と疲れたように言った。
「ローズ……」
「安心しろウネ、何かあればその時は……わ、私が犠牲になる覚悟だ。お前は心配せずゆっくり体を休めて調子を取り戻してくれ」
蒼白な顔色になりながらそう決意を告げるローズに、ウネは困ったように曖昧に頷く。そんな二人の様子を不思議そうに眺めていたフェイリスだが、直ぐに微笑んで「よかったです」と喜んだ。
「それでは……あぁ、夕食の材料、これでは足りませんね。もう少し買い足して帰るので、先に家へ行っててください」
フェイリスは手に持った買い物袋に視線を落としてそう言い、ローズは慌てて「いや、気を使ってもらわなくていい」とフェイリスに言う。
「食事くらい勝手にしてくるし」
「でも……私、皆さんとご一緒に夕食を食べたいんです。あの、だって今日は……」
フェイリスは急に恥ずかしそうな様子となって口ごもる。そんな彼女の様子にローズが「どうしたんだ?」と疑問を問うと、フェイリスは頬を赤く染めて小さくこう答えた。
「私……実は今日、誕生日なんです」
「え……?」
「よし、アーリィ! 酒飲み対決に勝利したらスイーツバイキングに連れてってやると言ったな! その願いを今晩私が叶えてやる!」
「おーっ!」
気合を入れたローズの隣で、期待に目を輝かせるアーリィが腕を振り上げる。彼女たちの後ろでは嬉しそうなフェイリスと、心配そうな顔をしたウネ、楽しそうなマヤが続く。
今日がフェイリスの誕生日と聞いたローズが、彼女のために夕食を作ることを決めたのがつい先ほど。さらに色々世話になったお礼にと誕生日のケーキも作ることにして、やがて話が大きくなって最終的には『家でスイーツバイキングパーティーを開いてフェイリスを祝う』という結論となる。フェイリスはとても嬉しそうにその話を受け入れ、ローズたちは彼女と共に商店街へと買い出しへ向かったのだった。
「スイーツバイキングですか……ふふ、どんなものが食べれるのでしょう。とても楽しみです」
「スイーツバイキングって言ってもローズの手作りだけどねぇ。まぁ、料理の腕は確かだから味は期待していいわよん」
本当に嬉しそうな様子のフェイリスを見て、マヤも頬を緩めて彼女に声をかける。一人ウネだけは『パーティーの準備で宿に泊まるよりお金がかかりそう』と心配していたが、それを口に出すのは野暮かと思い、黙って彼女たちに着いてきていた。
「それでフェイリス、どんなケーキが食べたい?」
ローズが振り返ってフェイリスに聞くと、フェイリスが答えるより先にアーリィが手を挙げて「いちごの!」と答える。それを見たフェイリスが笑いながら「ではメインはいちごのケーキをお願いします」とローズに言った。
「ちなみにローズはアップルパイが得意よ~。ローズの作るアップルパイは特に美味しくて、もうアレ食べたら他の店の食べれなくなっちゃうわ」
「そうなのですか。ではアップルパイもお願いしてよろしいですか?」
マヤの意見を聞いて、フェイリスはアップルパイもリクエストする。ローズは「もちろん」と、当然作る気だったようで頷いた。




