浄化 54
「はーい、ラプラも元気になったよ」
そう言うイリスの声が聞こえ、ジュラードは視線をイリスたちに戻す。すっかり傷が癒えたラプラを見て、ジュラードは「よかった」と小さく呟いた。
「えぇ。イリスのおかげで以前より調子がいいくらいですよ」
ラプラのその返事にどう反応したらいいのか困り、ジュラードは困惑した表情で「そうか」とだけ返す。そして彼は先ほどの疑問を改めてラプラに問うた。
「ところであんた、さっき何か不思議なことを言ってなかったか?」
「おや、なんでしょう?」
ジュラードの問いにラプラは疑問の表情を返し、「私、何か言いましたか?」とジュラードに聞き返す。そんな二人のやり取りの間にイリスはまた魔獣をペットのように撫で始め、ジュラードはそちらに視線を向けてラプラへとこう言った。
「その、先生が操った魔物が役立ちそうという話だ」
ジュラードは喉を鳴らしてイリスに懐いている魔獣を指さす。ラプラはそれで理解したのか、「あぁ、その話でしたか」と言いながら小さく笑った。
「きゅうぅ……きゅううぅ~!」
ジュラードの頭に引っ付いているうさこは、魔獣が怖いようで泣きながら震えている。そんなうさこに魔獣は撫でられながら顔を上げ、「クウウゥ」と小さく鳴いて挨拶らしきものをした。
「きゅっ、きゅうううぅぅっ!」
魔獣に挨拶されたうさこはますます怯え、ジュラードの頭の上でブルブルに震えだす。ジュラードはうさこに「落ち着け」と声をかけた。
「それで、どう役に立つんだ?」
震えすぎて形状の維持が怪しいうさこを頭の上からおろして腕に抱きかかえ、ジュラードはラプラへと問う。イリスも興味があるという表情をラプラに向け、「何か役に立つの、このワンコちゃん」と聞いた。
「おそらくは役に立つかと。このタイプの魔物は鼻がよく利きますので、肉団子を匂いで捜せるのではないかと思うんですよ」
「なるほどな……」
ラプラの意見を聞き、ジュラードは納得したように頷く。しかし理解できる一方で、そううまくいくのだろうかという不安もある。それは他のメンバーも同様のようで、話を聞いていたユーリが「そんなこと出来るのか?」と怪訝に言葉を挟んできた。
「そんな犬っコロに捜せるのかねぇ」
「しかし他に方法も無いですし……闇雲に探すよりかは有効な方法だと思いますけどね」
ラプラはそう言い、「それとももう一度あなたが囮になりますか?」と薄く笑いながらユーリに言う。そのラプラの言葉にユーリは苦い顔で「嫌だ」と即答した。
「そういうことならもう一匹くらい操っておけばよかったね」
イリスは魔獣の耳を撫でながらそう呟くように言う。イリスに耳を撫でられている魔獣はくすぐったそうに耳をパタパタ動かし、しかし嫌がる様子はなくされるがままになっていた。そんな魔獣の様子を眺めながら、本当にすっかり操られているのかとジュラードは内心で感心する。
「な、なんか……大人しいですね」
ジュラードが魔獣を撫でるイリスにそう小さく声をかけると、イリスは彼をじっと見つめた後「ジュラードも撫でる?」と聞いた。その言葉にジュラードは思わず動揺し、つい首を横に振る。
「い、いや、いいです! ななな、なんで俺が撫でるんですか!」
動揺しながらそう返事するジュラードだが、実はちょっと撫でてみたいと密かに思ったり。孤児院はペット禁止だったし、大人しい動物と触れ合う機会があまりなかったのだ。目の前の黒いもふもふした生き物は犬に似た大型の魔獣、つまり立派な魔物だが、大人しく耳を撫でられている姿を見ているとなんだか可愛いと感じてしまう。
「ジュラードが撫でたそうな顔をしていたから聞いたのだけど……」
内心の願望をすばり当てるイリスにジュラードはますます動揺しながら、もう一度彼は「いいです」と断りを返した。すると断ったことを少し後悔するジュラードの心を読んだのか、抱えたうさこが「きゅうぅ~!」と急に怒り出す。
「きゅっ! きゅきゅきゅ~!」
「なんだようさこ、急に怒り出して……あ、暴れるなよ」
小さな手でジュラードをパンチするうさこの様子を見て、イリスが笑いながら「嫉妬してるんじゃない?」と言った。
「ジュラードが魔獣に興味津々だから怒ってるんだと思う。自分の方が可愛いって主張してるよ、うさこ」
イリスの言葉を聞いてジュラードはやや呆れた様子で「なんだそれは」とうさこに言う。うさこは一通りジュラードを怒った後、彼の相棒は自分だと主張するように「きゅうぅ~!」と甘えるように鳴いた。
「それでどうするんだ? その猟犬を使って魔物捜しか?」
大きく伸びをしながらナインがそう聞くと、ジュラードは「出来るならそうしよう」と頷く。
「先生、お願いできますか?」
「うーん、私もやったことが無いから上手くいくかはわからないけど……一応やってみるね」
ジュラードに頼まれたいイリスは立ち上がり、屈んでもう一度魔獣の頭を撫でる。そして彼は唐突に「ポチ」と魔獣に声をかけた。
「ぽち? なにそれ。もしかしてそいつの名前?」
勇ましい外見に反した魔獣の呼び名に対して思わずユーリがツッコむと、イリスは「うん」と真顔で頷く。その表情のまま彼は至極真面目に言葉を続けた。
「名前が無いと不便でしょう?」
「それはそうだけど……その名前はどうなんだ? なんか……イケてないだろ」
ユーリの意見にジュラードも心の中で深く同意する。もう少しかっこいい名前にしてあげてもいいんじゃないかとジュラードは思ったが、イリスがユーリに「じゃあどんな名前がいいの?」と聞くのを見ると、何も言えなくなる。かっこいい名前などジュラードには思いつかない。一方でユーリは腕を組みながら真面目に考え始めた。
「もっとこう、雰囲気に合った名前をさぁ……ファルコンとか、レオンとか……」
ユーリにしてはまともにかっこいい名前候補をあげるので、ジュラードは驚いた表情を浮かべる。思わず「レオンがいいな」と言ってしまったジュラードに、ユーリは自信満々に「だろ?!」と言った。
「ポチとかよりもさー、断然俺のネーミングの方がセンスあるだろ?!」




