浄化 53
不機嫌そうに問うイリスにユーリはしばし考える様子を見せる。正直イリスの世話にはなりたくないが、しかし腕は痛い。腕は痛いが、自分を囮に使おうとしたり本気で殺しにかかってくるイリスの世話にはなりたくない。彼にとっては究極の選択だった。
一方でイリスはユーリが考えている間暇なのかしゃがみ込み、まるで飼い犬かのように操った魔獣の耳を撫で始める。ユーリを治すか治さないか、イリス的にはどっちでもいいような様子だった。
「うううぅ~……」
「ユーリ、治してもらった方がいいぞ」
本気で悩むユーリを見て、ジュラードが心底呆れながら声をかける。
「軽い怪我じゃないんだし、このままにして後でさらに悪化なんかしたら大変だろう」
「うるせぇ、そんなのわかってるよ! しかしあの性悪クソ悪魔に頼るなんて嫌だ……俺のプライドが……」
子どもじみた感情で悩むユーリの返事を聞き、ジュラードは疲れたように溜息を吐く。そんなジュラードにイリスが「別に治してほしくなさそうだし、ほっとけば?」と声をかけた。しかしジュラードは首を横に振る。
「そういうわけにはいきません。先生、出来るんだったら早くユーリを治してあげてください」
「治してあげてもいいんだけど、ユーリ本人が嫌そうだからさ~」
「先生……」
自分の頼みだったらイリスも聞いてくれるかと思ったジュラードだったが、こっちもこっちでユーリに頭を下げてもらわないとやる気ないという雰囲気だった。
やり取りをはたから見ていたナインが「もうほっとけよ」とジュラードに思わず声をかけたが、ジュラードは「そうはいかない」と拒否の返事を返す。そして彼は今度は真面目な顔でユーリに向き合った。
「ユーリ、お前に何かあったら……その、心配するだろ。アーリィとか、ローズとか……だからわがまま言ってないで治してもらえ」
急に真面目に説教を始めたジュラードを見て、ユーリは少し驚いた様子で「なんだよ突然」と返す。
「いきなりローズみたいなこと言い出してどうしたんだ、ジュラード」
ユーリのナゾ指摘に対して、ジュラードは少し照れる反応を返す。確かに今のはローズっぽかったと自分でも自覚があった。しかし、だからこそ言わねばならない。
「ローズがいないから俺が言わないといけないと……そう、思ったんだ。大体その、俺だって……お前に何かあったら心配するし……」
「え、ジュラードが俺の心配してるの? マジで?」
ユーリがまじまじと自分を見ながら聞いてくるので、ジュラードはなおさらに照れた様子となる。ジュラードは「そうだって言ってるだろ!」と乱暴に言いながら、思わず顔をそむけた。そんなジュラードの態度にユーリはなぜかおかしそうに笑う。
「なんで笑うんだよ」
「くっくっく……いや悪ぃ、ジュラードが心配してくれてるって聞いて……なんか笑っちゃった」
「な、なんでだ! 失礼だぞ!」
怒ったようにそういうジュラードに、ユーリは笑ったまま「悪ぃ」と謝罪を繰り返した。
「そーか、ジュラードが俺の心配をねぇ……」
「なんだよ! 俺が心配したらおかしいのか?!」
ついに本気で怒りだしたジュラードに、ユーリは慌てて「おかしくないですっ!」と返す。そして今度は彼が少し照れ臭い様子を見せた。
「心配してくれてサンキューな、ジュラード。……真面目青年のジュラードにそこまで言われたら仕方ねぇな」
ユーリは不承不承な様子でイリスを見て、彼に「治せよ」と高圧的に言い放つ。それを聞いたイリスは魔獣を撫でながら顔を上げて、何か不満そうな表情をユーリに返した。
「え、驚いた。それが人にものを頼む態度なの?」
「いいからさっさと治せ」
ものすごい上から目線で『治せ』と頼んでくるユーリに、イリスは嫌そうに子どものように頬を膨らませる。しかし次の瞬間彼は「仕方ないな」と言って立ち上がった。
「ジュラードが心配するから治してあげるけどさぁ……あくまでジュラードのためだからね」
「ぐちぐちうるせぇな、テメーは。俺だっててめぇの世話になんてなりたくねーよ。それでもお前の世話になるのはジュラードが心配してるから、だからなっ!」
「ふ、二人とも……」
互いに不満げな態度を見せながら『ジュラードのため』と言うユーリとイリスに、ジュラードは呆れを通り越して感心する。もう怪我を治してもらえるんだったら何でもいいと、ジュラードは溜息を吐きながら思った。そうしてイリスがユーリを治すのを確認すると、ジュラードはラプラに向き直る。
「あんたも怪我、治してもらった方がいいんじゃないか?」
「そうですね、イリスに頼みましょう。……ところで」
ラプラはイリスが操った魔獣を見ながら、「これは使えそうですね」と言う。その一言にジュラードは「どういうことだ?」と疑問を呟いた。ラプラはジュラードに薄い笑みを向けながら、疑問を問う彼にこう答える。
「肉団子を探すのに使えそうと、そう思ったんですよ」
ラプラがそう説明すると、ユーリを治し終えたイリスがラプラの方へとやってくる。ジュラードはひとまずラプラの治療が終わってから、彼に詳しい話を聞こうと思った。
「お待たせラプラー、治してあげる~」
「あぁ、イリス! あなたに治療してもらえるなんて、なんて光栄なことなのでしょう……もっと怪我をしたいくらいですね!」
嬉しそうに怪我を見せるラプラに、イリスは「悪いけど魔力はあなたからもらってるから、怪我するほどあなたの魔力が減るよ」と困った表情でツッコんだ。そうしてイリスはラプラの治療を始める。
ラプラが治療してもらっている間、ジュラードは治してもらい終えたユーリへ話しかけた。
「ユーリ、もう大丈夫か?」
ユーリはイリスに受けた攻撃による怪我も一緒に治してもらったようで、「あぁ」と頷き怪我の無い自身の様子をジュラードに見せる。そんな彼を見て、ジュラードは安堵した笑みをユーリに向けた。
「それならよかった」
「ホント、お前も随分とローズに似てきたよな。もちろんいい意味で、だけどさ」
ユーリは小さく笑いながら「人の心配ばっかりしやがって」と呟くように言う。それに対してジュラードは返事に困り、ただ困惑した笑みを返した。
確かに他人の心配をするなんて、旅を始めた当初は考えられなかったとジュラード自身も思う。それだけ自分の内面が成長し、心に余裕ができたということだろうか。あるいは妹以外にも大切な存在が出来たということも関係しているのかもしれない。




