浄化 52
「本当に二人は喧嘩ばかりして……大人なのに……」
完全に呆れ返った様子でそう言いながら近づいてきたジュラードに、イリスは慌てて「喧嘩なんてしてないよっ!」と返す。一方でユーリは知らん顔でそっぽを向いた。彼のその子どものような態度にまた呆れつつ、ジュラードはユーリに声をかける。
「ユーリ、大丈夫か?」
「おー……別に大したことねぇよ」
そうジュラードに返事を返すユーリだが、ジュラードは彼の腕の怪我に気づいて表情を歪める。
「だいぶ怪我しているじゃないか……」
「だから、こんなの大したことねぇよ。それより残りの敵は?」
ユーリのその言葉にジュラードが周囲を見渡すと、イリスが「残りはラプラとナインが片付けてくれたみたい」と声をかけた。その言葉通り、残りの魔獣はいつの間にかラプラの魔術とナインによって倒されていた。少し離れた場所に立つ彼らの元には魔術の形跡と共に、魔獣の死体が転がっている。集団で襲い掛かってきた大型犬のような魔獣たちだが、残ったのはイリスが操っている一匹だけとなっていた。
「イリス、お怪我はありませんか?」
ロッドを物理的な用途で戦闘に使用したのか、ラプラがその先端に付いた魔獣の血をハンカチで拭いながらイリスたちの元へとやってくる。ナインも手についた汚れを服で豪快に拭きつつ、その後をついてきた。
「私は怪我ないよ」
「……その足元の魔物は?」
イリスの足元で飼い犬のようにおとなしく座っている黒い魔獣を指さし、ラプラがやや不思議そうに問う。ジュラードも大人しい魔獣を疑問に思っていたので、同じく疑問の眼差しをイリスに向けた。するとイリスは「かわいいでしょ」と笑顔で返す。
「操っちゃった」
「あぁ、なるほど」
イリスの返事に即座に納得したラプラだったが、ジュラードは訳が分からないという顔でイリスを見返す。イリスは理解できなかったジュラードのために「魔物をね、夢魔の力で操ったの」と説明した。その説明を聞き、ジュラードは驚く。
「え……先生、そんなことが出来るんですか?」
「うん。できちゃうみたい」
どこか他人事のように答えたイリスにジュラードはどう反応したらいいのかわからず、「そうですか」と曖昧に頷いた。
「ラプラ、少し怪我してる」
イリスはラプラの足に滲む血に気づき、「私の心配している場合じゃないじゃん」と眉根を寄せる。ジュラードもその言葉でラプラの怪我に気づき、「大丈夫か?」と聞いた。
「えぇ、大したことありません」
「ユーリといいあんたといい、そんな怪我してるのに大したことないって……」
どうやら怪我をしたのはユーリとラプラの二人だけで、他は大丈夫なようだ。どちらも魔獣に深く噛まれたようで軽い怪我ではないようだが、二人とも痛がるそぶりは見せずに平然としている。ジュラードはそんな二人を心配そうに見ながら、「ええと、怪我は治せるのか?」と聞いた。
「その、ローズもアーリィもいないけど魔法でどうにかできるのか?」
「軽い怪我でしたら私でも治せますけど、大きな怪我となると少々難しいですね。治癒の術は水属性のマナの助けが必要不可欠ですから」
ラプラはそう答えると、ナインに視線を向ける。
「あなたも呪術を使えますよね?」
ラプラにそう問われ、ナインは「まぁな」と頷く。しかし彼は顎を撫でながら首を横に振ってこう言葉を続けた。
「呪術は使えるが、俺は火系の呪術しか使えないぞ。水とは相性最悪だ」
「あぁ、では私と似たようなものですね。扱える属性は火と土属性ですか」
「そうだ。だから治療は苦手なんだよ。燃やすのは得意なんだけどなぁ」
ラプラとナイン、二人のやり取りを聞いていたユーリは「おい、どっちも治せねぇのかよ」と顔を顰める。
「使えねぇ魔族共だな!」
「そうは言われましてもね、こればかりは転送術と同じで相性ですから」
文句を言うユーリにラプラは苦笑しながらそう言葉を返し、そして彼は「まぁ、少しは私も治癒が出来ますから」と言ってユーリの怪我にロッドの先を向けた。するとラプラが治癒術を実行する直前、唐突にイリスが「私が治そうか?」と手を挙げる。
「あ? てめぇが治せるのか?」
怪訝な表情でユーリはイリスに視線を向け、彼のその視線を受けてイリスは真顔で「出来るよ」と頷く。しかしユーリは信じられないという表情を彼に返した。
「あ、信じてないでしょ」
「お前の話は基本的に信じないことにしてるからな」
ユーリの返事を聞き、イリスは怒ったように「失礼な」と返す。そんな彼にラプラが「確かにイリスは治癒が行えますね」と声をかけ、ユーリとジュラードを驚かせた。
「え、マジなの?」
思わずユーリがそう驚きながらラプラに問うと、ラプラは「えぇ」と頷いてロッドを下ろす。どうやらラプラはイリスに治癒を任せることにしたらしい。
「イリスは水のマナと相性がいいですから、私よりうまく治癒術が扱えますよ。ですから、治療はイリスに任せましょう」
「いや、それよりいつの間にこいつは魔法が使えるようになったんだ? こいつはただのヒト……いや、魔物だろ?」
もっともな疑問を口にするユーリは、「それとも魔物になったら魔法が使えるようになるんか?」とイリスに問う。その質問にイリスは少し困ったように首を傾げた。
「普通は魔物になっただけじゃ無理だろうけど……ほら、ハルファスに変身術を教わったりしたらいつの間にか使えるようになった感じかな?」
本当はラプラから魔力を喰らったことも理由だが、その説明は省いてイリスはそう説明する。するとユーリは驚きと嫌味を込めて「マジかよ、お前マジでもう人間じゃねぇな」と言った。
「立派な魔物じゃねぇか」
「さっきからそうだって言ってるじゃん。それで、あんたは魔物の私に怪我治してほしいの?」