浄化 51
「っ……」
2メートル近い大型の魔獣を一匹仕留めたが、安堵する余裕はまだ無い。ジュラードが視線をさ迷わせて、先ほど薙ぎ払った魔獣の行方を確認すると、彼は驚くべき光景を目の当たりにした。目を見開くジュラードの視線の先には、先ほど自分を襲った魔獣を素手の拳で殴って粉砕するナインの姿があった。
「え、こわっ……」
何か普通に岩でも砕くようなノリで魔獣の頭を破砕しているナインを見て、思わずジュラードは恐怖を呟いてしまう。いや、普通に岩を砕くというシチュエーションもないだろうが、とにかく無表情かつ簡単に大型の魔獣を素手で撲殺してしまったナインが、ジュラードには恐ろしすぎて悪魔か何かに見えた。
「って言うか、武器じゃなくて……素手?」
「どうした青年、戦闘中だってのに突っ立って何をぶつぶつ言ってるんだ?」
ナインは血とそれ以外の肉片に汚れた右手を服の袖で乱暴に拭いながら、自分を畏怖の眼差しで見つめるジュラードに声をかける。ジュラードはハッとした後、「あんた、怖いな」とナインに言った。
「急にどうした」
「素手で魔物を殴り倒すとか……あんた、絶対人間じゃないだろう」
「そうだな。俺はエンセプトだからな」
ナインの返事を聞き、ジュラードは「あ、そうか」と納得する。そんな彼の頭の上ではうさこが恐怖に震えて目を塞ぎ鳴いており、それを見たナインは「うさぎもどきが落ちないように気を付けてろよ」とジュラードに言った。
「まだ残りの猟犬も倒さねぇといけねぇからな」
ナインのその言葉にジュラードは再度ハッとして、うさこが落ちていないことを確認しつつ周囲を見渡す。
「そうだ、ユーリは……っ!」
最初に魔獣二匹に襲われていたユーリは無事だろうかと、ジュラードは彼の方へと視線を向けた。
二匹の魔獣に狙われたユーリは、凶悪な牙で自身を喰らおうと口を開けた魔獣の一匹に向けて、咄嗟に顔を庇うようにして右腕を前に突き出す。魔獣は突き出されたユーリの右腕に噛みつき、そこに深く牙を食い込ませた。
「ぐっ……!」
首筋を狙われるよりはマシだと判断しての選択だが、しかしまともに喰われると腕だってかなり痛い。ユーリの表情が一瞬苦痛に歪んだが、直ぐに彼はその表情を笑みに変えた。
「クソいってぇが……酔いが覚めたぜ犬っころ」
もう一匹の魔獣もユーリを喰らおうと口を開けて足元に迫ったが、彼は起き上がるついでにその魔獣の口の中へとブーツの底で蹴りを喰らわす。硬いブーツの底でまともに蹴り飛ばされた魔獣は、甲高い悲鳴を上げて地面に転がった。
一匹が転がっている隙に、ユーリは自分の腕に噛みつく魔獣をさっさと始末することを決める。彼は左手に持った短剣の切っ先を魔獣の眉間めがけて思い切り突き刺した。短剣は魔獣の眉間深くに突き刺さり、その一撃で魔獣は絶命する。しかし魔獣が腕を噛んだままなので、ユーリは「いい加減痛ぇよ」と文句をぼやきながら立ち上がり、短剣を引き抜くと同時に魔獣の牙を腕から抜いた。そうして彼は先ほど蹴り飛ばした魔獣の相手を改めてしようと、もう一本の短剣を懐から引き抜く。同時に魔獣も起き上がり、低く唸りながら再度ユーリに襲い掛かろうとした。すると直後にその魔獣目掛けて、なぜか別の魔獣が襲い掛かる。仲間割れのようなその光景を目にし、ユーリは「なんだ?」と困惑を呟いた。
「グルウウウゥツ!」
当初はユーリたちを襲うためにやってきた魔獣のはずだが、そのうちの一匹だけが仲間割れをするかのように、興奮した唸り声をあげながら仲間の魔獣へと食らいつく。不気味な深紅の色に目を光らせた魔獣は仲間の黒い体に鋭い牙を突き立て、口元を鮮やかな朱に染めた。
ユーリが不可解な表情でその光景を見ていると、徐にイリスが彼の元へとやって来る。彼は「はい、ごくろーさま」と言いながら、仲間の魔獣に襲われている方の魔獣へとかかと落としをくらわせた。硬いブーツの底で叩かれた魔獣は気を失ったように動かなくなり、イリスはそれを確認すると、傍によってきた赤い目の魔獣を優しく撫でながら「全部食べちゃっていいよ」と、まるで話しかけるように告げる。赤い目の魔獣はその言葉に反応するかのように、動かなくなった魔獣に再び食らいついて肉を貪り始めた。
「クソガキちゃん、私に借りが出来たね」
立ち尽くすユーリにイリスがそう声をかけると、ユーリは「はぁ?」と不機嫌そうに疑問を返す。するとイリスは「助けてあげたのに」と、こちらも目を細めて不機嫌そうに言った。
「助けたって……それはお前の仕業かよ」
ユーリが視線で示す『それ』とは、仲間の肉を喰らっている赤い目の魔獣のことだ。イリスは「そう」と頷き、説明を求める視線を向けるユーリにこう言葉を続けた。
「賢そうな魔物だったから、操れるかな~と思ったの。そしたら思いのほかうまくいったね」
集団で獲物を狩るくらいの知性がある魔獣なので、イリスは夢魔としての力で操れると判断したらしい。そして思惑通りに操ることが出来た一匹を使い、仲間の魔獣を襲わせて同士討ちさせたようだ。それを理解し、ユーリは嫌そうな顔でイリスを見た。
「お前さ、ますます人間じゃなくなってるな」
「そうだよ。だってもうすでに魔物だし」
嫌味を言うユーリに余裕な笑みで言葉を返し、イリスは「それより感謝の言葉は?」とユーリに言う。仲間を食べ終えてイリスの足元にすり寄ってきた魔獣を見ながら、ユーリは「なんで感謝する必要があんだよ」と吐き捨てた。
「元はと言えばテメーが俺を囮にするからこんなことになったんだろ?!」
「囮は必要だったんだから仕方ないじゃん! それにこうして魔物はやってきたわけだし、全く無意味ではなかったでしょ?!」
「目的の魔物じゃなきゃ意味ねぇよ!」
二人が言い争いを始めると、ジュラードが呆れた様子で「また喧嘩しているのか?」と声を掛けながらやって来る。




