浄化 50
「きゅううぅ~っ!?」
「ちょ、二人ともっ……!」
シャレにならない事態に発展しかけている二人を見てうさこが悲鳴を上げ、ジュラードも止めようと慌てて声をかける。しかし一度始まった不毛な二人の争いは、そう簡単には収まらない。
ユーリの薙ぎ払った一撃を、咄嗟にイリスは彼に向けていた短剣で受け止める。金属が重なり合う音に合わせて、うさこの二度目の悲鳴が周囲に響き渡った。
「ねぇユーリ、やっぱり私たちは仲良しこよしなんて無理だってわかったし、いい機会だから決着つけようか?」
「……そうだな。てめぇをぶっ殺さねぇと気が済まなくなったし、そうするか」
刃を挟んでにらみ合う二人の視線は、互いに暗い殺意を孕む。そんな二人にジュラードが「二人ともやめてくれ!」と叫ぶが、互いを睨み付けたまま膠着する二人の返事は。
「うるせぇ、外野は黙ってどっか行ってろっ! 俺はこのクソ野郎を殺すのに忙しんだよっ!」
「ジュラードは危ないから目と耳塞いで離れててねーっ!」
やはり全く聞く耳持たずである。困り果てるジュラードは、隣でラプラが「イリス、お手伝いしましょうか?」と問うのを聞いて、ますます頭を抱えそうになった。
「大丈夫だよ、ラプラ! ……このクソガキは私一人で殺すから」
「お前が力で俺に勝てるわけねぇんだから、強がらずに過保護な彼氏にオテツダイしてもらえばいいじゃねぇか」
嘲笑いながら挑発するユーリをイリスは忌々しげに睨み付けるが、単純な力勝負ではユーリには敵わない。均衡していた交わる刃は、徐々にユーリからイリスへ押される形となる。余裕のような笑みを浮かべるユーリを睨み付けたまま、完全に押し切られる間にイリスは彼へと足払いを放った。体調が悪いのか反応が遅れたユーリは、「うおっ」と小さく声を上げて体勢を崩す。そのままイリスはユーリを蹴り飛ばし、仰向けに倒れた彼の上に全体重をかけて覆いかぶさる。反撃を封じるために素早く肩と腰を抑え、イリスはユーリの首筋にナイフを突きつけた。
「てめっ……」
「クソガキちゃんが寝技で私に勝てるわけないでしょ?」
今度はイリスが挑発するようにユーリに笑みを向ける。淫靡な笑みを湛えながらもその眼差しに殺意を宿し、イリスは手にした冷たい銀の刃をユーリの首元に押し付けた。
「あいつらは一体なにやってんだ?」
「見てわからないか?! 喧嘩だよっ! ナイン、お前も止めてくれっ!」
イリスとユーリの争いを不可解な表情でただ眺めているだけのナインに、ハラハラしながらジュラードがツッコみを入れる。ナインはあまりやる気無さそうな表情で顎を撫で、「喧嘩なら手を出さない方がいいんじゃねぇか?」とジュラードに返した。
「殺し合いなら、まぁ止めた方がいいとも思うけどよぉ」
「あの二人の喧嘩は殺し合いなんだよっ!」
「へー、そうなのか。そりゃあ物騒だなぁ」
呑気なナインは二人を止めるのにあまり役に立たないとジュラードは悟る。それならばラプラは……と、ジュラードが隣に視線を向けると、ラプラはロッドを構えていつでもイリスに加勢できるよう準備していた。それを見たジュラードは、こっちもダメだなと即座に理解する。
「きゅうううううぅうーーーっ!」
「くそ、うさこも頭の上でうるさいし……」
二人の争いに恐怖で混乱しているのか、うさこはジュラードの頭の上で激しく悲鳴を上げている。耳を塞ぎたくなるほどの大声で叫ぶうさこにジュラードは顔を顰めながら、「どうしてこんなことにっ……!」と力なく声を上げた。その時、ナインが唐突に「おい」とジュラードに声をかける。
「なんだ、早くあの二人を止めてっ……」
「あぁ、その方がいいかもしれねぇな」
不可解なナインの言葉に、ジュラードは彼に視線を向ける。するとナインはひどく真剣な表情で「何か来るぞ」とジュラードに言った。
「え……?」
「きゅうううううううううぅうぅうぅーっ!」
ジュラードの頭の上では、相変わらずうさこがぶるぶると震えながら大音量で悲鳴を上げている。それが原因か、あるいはイリスとユーリの争いの音を聞きつけたからだろうか。どちらが原因かは不明だが、騒がしくしていた自分たちの元へと何者かが向かってくる気配をジュラードも感じた。
草木を掻き分けるように進む足音は早い。
「先生、ユーリ、敵だっ!」
ジュラードは剣を構えながら、喧嘩という殺し合いを続けるイリスとユーリに向けて大声で叫ぶ。直後に二人が争っていた背後の茂みから大型の魔獣が4匹飛び出してきた。
イリスは咄嗟に飛びのき、同時にユーリも「どけっ!」と叫びながらイリスを押しのけて上体を起こす。駆けつけてきた魔獣の内二匹は起き上がったばかりのユーリへと狙いを定め、イリスと入れ替わるように彼へと覆いかぶさった。
「ユーリっ!」
ジュラードが叫び、咄嗟に彼に加勢に向かおうとする。しかし直後に反対方向からも魔獣が三匹駆けつけ、ジュラードたちに襲い掛かる。
「猟犬に囲まれていたか」
ナインの呟きを聞きながら、ジュラードは反対から飛び出してきた魔獣の一匹に襲い掛かられる。ナインの言う通り、騒いでいる間に多数の魔獣に囲まれていたようだと気づき、ジュラードは苦々しく表情を歪めた。
「うさこ、絶対に落ちるなよっ!」
「きゅうぅ~っ!」
頭の上のうさこに命令し、ジュラードは襲い掛かってきた魔獣に向けて咄嗟に剣を突き出す。人体であれば骨ごと簡単に砕いてしまいそうな凶悪な牙が大剣に噛みついて激しく火花を散らした。即座にジュラードは剣を薙ぎ払い、噛みついてきた魔獣を振り払う。同時に後方からもう一匹の魔獣が雄々しい咆哮と共に襲い掛かり、返す刃でその魔獣を切りつけた。
「オオオオォッ!」
ジュラードを喰らおうと襲い掛かった魔獣だが、彼の反撃で大きく開けた口に怪我を負う。鮮血を散らして地に転がった魔獣に、ジュラードは振り上げた大剣で止めを刺した。