浄化 49
そう問うこと自体が気恥ずかしいのか、ひどく複雑な表情でジュラードはナインへと聞く。しかしナインの自分に対する態度が気になるので、ジュラードは思い切って問うてみたのだ。するとナインは小さく笑い、「あぁ、そうかもな」と妙に投げやりな返事を返した。
「え……そ、そうか? 本当に、そうなのか……?」
あまりにも適当な返事を受けてジュラードが戸惑うと、目を細めて笑いながらイリスが口を挟む。
「ゲシュであることも理由だろうけど、それだけじゃないと思うよ。きっと……あなたに家族の姿を重ねているんじゃない?」
「え?」
予想外のイリスの言葉に、ジュラードが疑問の眼差しを返す。一方でナインは苦い表情を浮かべてイリスを見ていた。
「本当に……嫌な魔物だな、お前。これだから心を読む魔物ってのは好きになれん」
「別に心を読んだわけじゃないのに……あなたがわかりやすいだけだってば」
イリスが微笑みながらそう答えると、ナインは「そうかよ」と不機嫌そうに言う。そしてジュラードが「どういうことだ?」と彼に問うと、ナインはどこか気まずそうな表情で見返した。
「いいから俺に興味を持つな。どうしても俺のことが知りたきゃ、その勘の鋭い嫌な魔物の先生に聞け」
ナインはこれ以上は自分のことを語る気はないという様子でそう言い、そして「それより魔物が出るのはまだ先か?」と話題を変える。ジュラードは「孤児院はもう少し先だが」と彼に答えた。
「だが、孤児院周辺に出るということしかわかっていないから……もしかしたらもうすでにこの辺で出くわすかもしれない」
可能性をそう告げると、ナインは「なるほどな」と納得する表情を浮かべる。イリスも「警戒はした方がいいね」と言った。
「そうだ! ちょっとこの辺でユーリをサクッと切ってみようか! 肉団子が出てくるかも!」
「先生、そんな料理か実験するみたいなノリで?!」
心底楽しそうなノリでそう提案したイリスに、ジュラードが「本気でやる気なんですか?!」と驚きの声を上げた。するとイリスは急に真顔になって、ジュラードにこう言う。
「私が冗談を言ってるように見える?」
「……すごく本気に見えます」
「だよね。……すごく本気だよ」
本気でユーリを切り刻む気満々のイリスは、「大丈夫、急所は外してヤルから」とあまり大丈夫じゃなさそうなことを笑顔で言い放った。
「ユーリって頑丈にできてるからちょっとくらい切っても平気なんだよね。あとムダに血の気も多いし、少し血を抜いておいた方が冷静になれていいんじゃないかなぁ」
「そんな適当なことを……」
「ほら、丁度この辺は開けてて戦いやすそうだし、餌を使って魔物をおびき寄せるには良い感じだよね。よーし、じゃあ切ろう!」
「せ、先生……」
どうやらイリスは自分の説得など全く聞く耳持たずな状態だとジュラードは悟る。
イリスは自分たちにはいつも優しく親身になってくれる保護者だが、そんな『お姉ちゃん先生』の恐ろしい一面をまた一つ見てしまった気がして、ジュラードは呆然と立ち尽くした。
「いや、きっと先生にも何か事情があるんだ……もしかして心を鬼にしてユーリを餌にしようとしているのかもしれないし……」
「きゅきゅ~?」
ぶつぶつと独り言を言うジュラードに、うさこが不思議そうに声をかける。ジュラードは「何でもない」と言い、そして楽しそうに準備を始めるイリスを見つめた。
「ナイン~、ここにユーリを下ろして~」
「おぉ」
二日酔いだというのに機嫌よく指示するイリスに従い、ナインは巨木の根元にぐったりしているユーリを下ろす。自分の身にとんでもない危険が迫っているというのに、ユーリは蒼白な顔色で目をつぶったまま反応が無かった。そんなユーリを前にイリスは仁王立ちになり、彼は懐から短剣を取り出す。そして徐にフードを外したイリスは、異形の瞳を嬉々として細めてユーリを見下ろした。
「ごめんねユーリ、これもジュラードや子たちを守るために必要なことだからさぁ……」
イリスは妖しく笑んだまま「あなたも理解してくれるよね?」とユーリに言い聞かせる。しかしユーリからの反応は無い。
「あ、あぁ……先生……」
ジュラードが声を震わせて見守る中、イリスは短剣の切っ先をユーリに向ける。そして彼の眼差しに一瞬残酷な影が宿り、その瞬間ユーリに向けて銀の刃が一切の躊躇なく振り下ろされた。
「きゅっ!」
恐ろしい現場を見せないようにと、反射的にジュラードはうさこの目を塞ぐ。短剣が振り下ろされた瞬間にはジュラード自身も思わず目を瞑り、しばらくして彼は恐る恐るという様子で目を開ける。そうして彼が次の瞬間見た光景は予想外のもので、ジュラードは驚きに目を見開いた。
「……ざけんなよ、性悪クソ野郎……理解できるわけ、ねぇだろう……っ」
「起きてたの? ……大人しくしてたら楽に死ねたのにね」
ユーリに向けて振り下ろされた短剣の切っ先は、彼の喉元寸前で停止していた。ユーリは黒の手袋を嵌めた右手で刃を掴み、イリスの一撃を間一髪で止めたようだ。意識が無いように見えた状態から一瞬で覚醒して素手で刃を止めたユーリにも、短剣で狙った場所から明らかに彼を殺すつもりだったイリスにも、ジュラードはそのどちらにも驚いのだった。
「残念」
「てめぇが囮になって死ねよ、この性悪っ!」
イリスの刃を止めた右手から僅かに鮮血が滲んでいたが、ユーリは痛がる様子もなくただ怒り心頭の様子でイリスに対して悪態を吐く。イリスは「冗談だよ~」と笑って言いながらも、しかし手にした短剣を仕舞うことはせず、それどころか体重をかけてユーリへと短剣の刃を押し込んだ。
「おまっ、冗談ならなんでナイフを押し込んでくるんだよっ!」
ぐいぐい短剣を押し込んでくるイリスに、ユーリは「マジでふざけんなっ」と文句を叫ぶ。どうやらイリスはユーリを切り刻むことを諦めていないらしい。
「いいから冗談で死になさいっ」
「冗談で殺されてたまるか! てめーが……死ねっ!」
最悪に仲の悪い二人は口汚く罵り合いながら、ついに本格的な争いモードに突入する。ユーリは右手でイリスの刃を止めながら、左手で自身の武器である短剣を引き抜いてイリスへとその刃を向けた。




