浄化 48
「えっと、それはつまり……差別されているということ、なのか?」
ジュラードは驚きながらそう呟き、ナインを見る。ナインはジュラードの視線を受けると、感情の読めない笑みを彼に返した。
「……」
自分に対する態度も含めて、何を考えているのか全くわからないナインの態度に、ジュラードは困惑した表情を返す。するとイリスが先ほどの自分の疑問に対して「そういうことだろうね」と答えるのが聞こえ、ジュラードは視線をイリスへ戻した。
「私もエレの事情は良くはわからないけれど……サンクチュアリに閉じ込められていた彼らは窮屈な世界で生きることを強いられていたよ。それでも居場所が用意されている分、ゲシュよりは幸せなのかなって思ったけども……」
イリスはそこまで言葉を発して、振り返りナインへと問う。
「どうなのかな? エンセプトのナインさん?」
イリスに問われたナインは視線を彼へ向けて、先ほどジュラードに向けた笑みと同じ表情を返した。
「さぁな。どうなのか、俺にはわからねぇ」
「あなた個人の意見を聞きたいんだけども」
答えをはぐらかすナインにイリスが重ねて問うと、ナインは笑みを消して少し真面目に考える様子を見せる。彼は端正な顔に深く皺を刻み、「俺の意見か」と呟いた。
「少なくとも俺は幸せじゃなかった。俺の居場所はこんなちっぽけな世界じゃねぇと、そう思ったよ。だからこうしてあの場所を抜け出しだわけだし」
何かを思う眼差しを僅かに伏せ、ナインはそう自身のことを語る。それに対してラプラが「どのようにしてあそこを抜け出したのでしょう」と、興味を持ったふうに聞いた。
「それは教えられねぇな。企業秘密だ」
「あなたが変身を得意とし、転送術が使える……それらが関係しているのでしょうかね」
追及を止めないラプラに対してナインは顔に深い皺を刻んで笑い、「それだけじゃあの牢獄からは抜け出せねぇよ」と返す。
「勿論俺の特技が全く役に立たなかったわけじゃねぇが……まぁ、それ以上は言えないな」
「そうですか。……もしかして、あなた以外にもあの檻を抜け出しているエンセプトは多いのでしょうか」
「それは知らん。俺は個人で抜け出したからな。まぁ、俺が抜け出せるくらいだから、他にもいるんじゃねぇか?」
ユーリを抱えていない方の手で頭を掻きながら、ナインはそう答える。それを聞き、ラプラはため息とともに「困りますね」とぼやくように言った。
「あなた方のような怪物が野放しになっているとは恐ろしいことです」
「怪物か……勝手に俺らを作っておいてよく言うぜ」
今まで飄々とした態度を貫いていたナインだが、ラプラの一言に対してその表情に初めて敵意に近い感情を浮かべる。対してラプラは挑発するような軽薄な笑みをナインへと返した。
「えぇ、だから我々も反省していますよ。あなた方のような存在を生み出してしまったことを大いにね。反省し、過ちを認めて……あなた方を無かったものとしているのです」
「ラプラ、止めなよ」
挑発を続けるラプラをイリスが止めると、ラプラは「すみません」と素直に謝罪を述べる。ナインは何も言わずに目を逸らすように伏せた。
「喧嘩はだめだよー、魔物倒すまでは仲良くね。ただでさえ頭痛いんだから、これ以上私の頭痛を悪化させないでほしいな」
場の雰囲気が重くならないようにか、イリスはそうふざけたように言う。そして彼はナインに「それで」と話を続けた。
「どういう裏技を使ったのかは知らないけど、とにかくはれて自由を手に入れたあなたは、その自由で幸せになれたのかな?」
「まだ俺の話を聞きてぇのかよ」
視線をイリスに戻したナインは、苦笑と共にそう彼に言葉を返す。それに対してイリスはにっこりと微笑んだ。
「ジュラードが興味ありそうだったからね」
「え、俺ですか?」
イリスの言葉に驚いたようにジュラードが反応し、イリスはそんな彼に「興味あるよね?」と聞く。無いと言えば嘘になるので、ジュラードは曖昧な表情を返して「まぁ」と頷いた。
「ね? ジュラードも興味あるって」
「……あんたはそういうふうに言えば俺が自分のことを話すと思ってるようだな」
イリスの意図を理解したナインが苦い顔でそう返す。そして彼はため息の後に一言「幸せだ」と呟いた。
「俺は自由な世界を見たかった。望みはただそれだけだったからな……夢が叶ったんだから、幸せだろう」
そう語るナインを見つめ、ジュラードは彼がどのような場所で過ごしていたのかを考える。本人や、それにイリスやラプラの話から想像できるのは、狭い居場所を与えられて、そこで魔族たちに監視されるように暮らしていたということだ。しかし監視されて邪魔者扱いを受けてはいるが、エンセプトはゲシュとは違って確かな居場所は与えられていたのだ。
居場所のないゲシュが求めるものは安心して暮らすことが出来る安住の地であるが、居場所だけを与えられた者が求めたのは自由だった。
きっとゲシュが本当に求めるものも同じく『自由』なのだろう。ゲシュに必要なものはただの居場所ではなく、自分たちを見つめる社会とそれに付随する自由なのだ。ヒューマンと同じように社会で生き、自由に生活することがゲシュにとっての幸せであるのだろう。その自由を手に入れたナインは『幸せ』と語るのは真実だろうとジュラードは思った。
「……あの、俺の自惚れとか勘違いだったら恥ずかしいんだけども」
ジュラードは唐突にそう前置きして、ナインに視線を向けて彼に語り掛ける。ナインは疑問の眼差しを返し、「なんだ?」と言った。
「あなたが俺に妙に優しいと感じるのは、その……俺がゲシュだからか?」




