世界の歪み 13
旅に必要な消耗品の道具を補充する目的で、ジュラードたちはルルイエの都市を少し歩いてみることにする。
相変わらずマヤはローズを気遣って表には出てこず、ローズはちょっと寂しそうな様子でジュラードの背中を追って歩いた。
ところが。
「やっぱり一番に必要なものは食べ物だよな……携帯できる食料を買える店は……」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「……大丈夫か?」
「ハァ、ハァ……だいじょ……げほげほっ!」
列車を降りたローズが自分から申告してた通り、ハルファスに頼れない状態の彼女の様子はひどい有様だった。
「全然大丈夫に見えないんだが……」
「……大丈夫って暗示したら多分、大丈夫……歩ける……はぁ、はぁ……」
ちょっと街中を歩いただけなのに物凄く悪い顔色になって息切れしているローズを見て、ジュラードは『想像以上だ』と驚く。というか、『暗示』とか言ってる時点で全然大丈夫そうでは無い。主に頭の方が。
「や、休むか?」
心配になってジュラードが聞くと、ローズは「いや、大丈夫!」と返事だけは力強く言った。
「これっぽっち歩いただけで……ハァ、ハァ……休むなんて……」
「えっと……そう無理されるとこっちが逆に罪悪感というか、悪い気が……あぁ、じゃあ荷物少し持つか?」
「そんな、これ以上迷惑かけるわけには……っ!」
ローズ的には荷物を持たせるなんて、ますます迷惑をかけてしまうと思っているようだが、ぶっちゃけジュラード的には間近でへばられている方が迷惑なので、遠慮されるとそれだけ迷惑倍増だ。
「なら一体どうしろと……」
「きゅいぃ~きゅいぃぃ~」
うさこもローズを心配そうに見つめている。ローズはますます居た堪れない気持ちになり、「すまない……」と消え入りそうな声で呟いた。
「と、とりあえずあっちに店があるみたいだから……」
「あぁ、頑張って歩くぞ……ふふ……なんだか思い出してきたぞ、あの頃のマヤに迷惑かけっぱなしだったダメな自分……ふふふ……」
(な、なんか怖い……)
何を思い出したのか知らないが、虚ろに笑うローズが怖くて、ジュラードはそれについてを深く聞く事は出来なかった。
「はぁー……うさこ、お前ひんやりしてて気持ちいい~……」
「きゅいいぃっ」
目的の店の前までは何とかたどり着いたが、しかし現在ローズはその店の傍にあったベンチで、ひんやり冷たいうさこを抱きかかえて休んでいた。あまりにもローズが疲労しているので、彼女がここで休んでいる間にジュラードが店で携帯食料などを買うことにしたのだ。
「しかし、ダメだなこれじゃあ……まさかハルファスに頼れない状況がこんなに大変だなんて……」
「きゅいぃ~」
こんな調子では戦闘どころか目的地に普通に歩くだけでも自分は足手まといになり、ジュラードに物凄い迷惑をかけてしまう。
「そもそも魔力回復の為の休養だから、魔法でサポートしてあげることも出来ないし……」
こんな不便、早く元の体に戻って解決してしまいたいと、ローズは改めてそれを強く思う。それに、自分だけじゃなくマヤのこともだ。早く本来あるべき姿に戻って、普通に彼女と共に行動したいと願う。
共に居れるだけで幸せだとも思うし、それは十分に理解しているが、それでも欲張ればそう願わずにはいられなかった。だって、愛しているから。
「でも……どうしたら戻れるんだろうな、俺も彼女も……」
呟き、ローズは深く溜息を吐いた。
「きゅいいー!」
「ん?」
溜息と共に重く沈んでいると、突然うさこが大きく声を上げて何かに反応を示す。ローズが顔を上げると、彼女の視界に一人の子どもの姿が映った。
「……女の子……泣いてる?」
すぐ目の前の雑踏の中で、橙色の鮮やかな髪の毛の少女が俯き肩を小さく震わせながら歩く姿が見える。しかし彼女の傍をすれ違う人々は、彼女に誰一人として関心を持とうとしない。それは何か、ローズの目にはすごく異様な光景に思えた。
しかし同時にローズは、彼女が人々に関心を向けられない理由にも気づく。それは彼女の長く伸ばした橙色の髪の毛から覗き見えた耳だ。人、所謂純血のヒューマンではありえない形状の耳を見て、ローズは彼女が泣いている理由が少しだけわかった気がした。
「きゅいいぃ~」
「あ、うさこ」
うさこがローズの膝から降りて、女の子の元へと駆け寄る。それを見て、ローズも慌てて立ち上がってうさこの後を追った。
「きゅいいぃ、きゅいぃっ」
「!?」
うさこが女の子に近づいて声(?)をかけると、女の子は驚いたように足元に視線を向けてうさこを見る。その瞳は宝石のような綺麗な翠の色で、その瞳の奥には細く長い瞳孔が見えた。
「あぁ、すまない。うさこが驚かせてしまったな」
うさこに驚く少女に、ローズも声をかける。少女は顔を上げて、今度はローズを見た。そして彼女は慌てた様子で再び俯く。涙と、それと自分の容姿をあまり人に見られたく無いための行動だろうか。そう思い、ローズは一瞬彼女にどう接したら良いのかと考えた。
「あ……ごめんね、泣いてるからどうしたのかなって気になって」
とりあえず正直にそう話しかけると、うさこもローズに同意してか「きゅいいぃ~」と鳴きながら頷くような動作を見せる。ローズが足を止めた少女の前でしゃがみ込むと、少女は再び顔を上げてローズを見た。そして彼女はまた驚いたように異形の瞳を見開く。
「アリア様!」
「あ……いや、私はローズって言うんだ」
ローズが苦笑しながらそう自分の名を答えると、少女は少し考えるように首を傾げ、「ローズさん?」と呟く。ローズは笑顔で頷いた。
「そう。まぁ、よくあの人に似てるっては言われるけど……ところで君は何故泣いていたんだ?」
何となく理由を察してはいたが、ローズは少女へそう問う。すると少女はまだ涙に濡れている瞳でローズを見つめ、小さく彼女にこう答えた。
「……誰も私と遊んでくれないから」
「そうか……」
少女の悲しみは、幼い頃のローズにも経験のあるものだった。だが少女が子どもたちから避けられる理由はローズとは違い、ゲシュであることが理由なのだろう。
「ねぇ、お姉さんはアリア様みたいな奇跡は起こせないの?」
「え……?」
少女はローズに縋るような眼差しを向けて、唐突にそんな問いを向ける。ローズは困惑したように「えっと」と迷いを返した。
「き、奇跡って……どんなの?」
”奇跡”は起こせないがとりあえずローズがそう聞くと、少女は消え入りそうな小さな声でこう答える。
「……私もお友達が欲しいから……そういう奇跡」
その答えは少女の切実な願いだった。その純粋でひどく悲しい願いに、ローズは思わず言葉を失う。しかし少女が「ごめんなさい」と言って再び俯くと、彼女はハッとした様子で再び口を開いた。
「ごめん、私は”奇跡”は起こせないんだ。ただの人だからね……」
「そうだよね……ごめんなさい、知らないお姉さんに変なこと言っちゃって」
「ううん、いいんだ。……私も昔はお友達いなかったから……君の悲しみは理解できるつもりだよ」
「え?」
少女の眼差しに疑問が浮かぶと、ローズは苦笑しながらこう続ける。
「小さい頃はね、ずっと同年代のお友達がいなかったんだ。私も他の子たちとちょっと違うところがあったから……」
「……ねぇ、もしかしてお姉さんも私と同じ? ゲシュっていうやつなの?」