浄化 47
「アーリィ、すまん。ありがとう」
サンドワームが氷の棺と共に粉々に砕け散るのを確認すると、ローズはホッと一息付きながら剣を下ろして背後を振り返る。飛竜を刺激しないよう魔法を使うというのは難しいとローズは考えていたが、しかしさすがに魔法に慣れているアーリィなので、静かでありながらも強力な魔法でサンドワームを一撃で葬ってしまった。その正確無比な魔術師としての能力はローズも羨ましいと感じる一方で、魔法を扱うことに関しては彼女を目標にしたいと改めて思わされた。
「うん。それよりローズ、怪我してるけど大丈夫?」
アーリィがそう言いながらローズの元へ歩いてくる。マヤとウネも近づいてきて、特にマヤは「ローズってばまた怪我してる!」と慌てた様子であった。
「あぁ……ちょっとだけ怪我をしてしまった」
「んもー、気を付けてねっ?」
ローズを心底心配しながら、マヤは「アーリィごめん、治癒をお願いできる?」とアーリィに頼む。アーリィは頷き、ローズの怪我に治癒術を施した。
「……砂漠を徒歩で超えるのはやはり大変そうね」
ローズの治療が始まると、ウネがバラバラに砕け散ったサンドワームを見ながらそうぽつりと呟く。彼女は「やっぱり転送で……」と言いかけると、治療をしてもらったローズが顔を上げて「いや、大丈夫だ」とウネの言葉を遮った。
「飛竜の縄張りは超えたし、街もそう遠くはなさそうだ。まぁ、今日中にたどり着ければいいなという感じではあるが……」
ローズはそう言ってウネに微笑むと、「この通り、戦闘は私に任せてくれ」と言う。ウネはローズをじっと見つめ、そして同じく微笑みながら「ありがとう」と彼女に言葉を返した。
「でも、怪我には気を付けてね」
「あ、それは……出来るだけ気を付けるよ」
困ったように苦笑したローズに、ウネは今度は可笑しそうに笑う。そして不意に彼女は「あなたたちと行動を共にできてよかった」と呟いた。
「え、それはどういうことだ?」
ウネの呟きに対してローズが疑問を問うと、ウネは盲目の瞳を細めて答える。
「いえ……仲間と一緒に行動するというのは、心強いものだなと思ったから」
ウネはそう答えるともう一度「ありがとう」とローズに告げる。それを聞き、ローズは嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ。……それじゃあ先に進もう。アーリィも歩けるか?」
ローズはそう言うとアーリィに視線を向ける。アーリィは短く「平気」と答えた。
「そうか? 疲れたらおんぶしてやるぞ?」
「な、なんでだっ」
本気なのか冗談なのかわからないローズにアーリィが動揺しながら言葉を返すと、ローズは可笑しそうに笑う。そして三人と小さな一人は、再び砂漠を歩み始めた。
◇◆◇◆◇◆
ラプラ曰く”肉団子”の魔物を退治に孤児院周辺の森へと向かうジュラードたちは、孤児院へ向かう近道となる足場の悪い山道を進んでいた。
「ジュラード、それにみんな、この辺りは肉団子以外にも魔物が出るから気を付けようねっ」
先頭を歩くイリスがそう皆に声をかけると、ジュラードが彼に声をかける。
「先生、二日酔いはもう大丈夫なんですか?」
「え、なんで?」
ジュラードの問いに思わずイリスが振り返って問うと、ジュラードは「先生の足取りが軽いから……」と答えた。
「それになんだか元気そうですし」
「そうだね……いや、正直まだ頭は痛いんだけどさ」
イリスは再び前を向き、フードの下で心底楽しそうに微笑む。その笑顔は邪悪としか言えないものだったが、幸いにも誰もそれを見ることは無かった。
「ユーリを合法的に切り刻めるって考えると……ふふっ、すごくワクワクしちゃって」
「せ、先生……」
やはり元気の理由はそれか……と、ジュラードはイリスにドン引きする視線を向ける。背後から向けられる彼の視線に気づかないイリスは、すっかり元気を取り戻したようなノリで「あー楽しみ!」と大きく伸びをしながら言った。
一方でイリスに切り刻まれそうなユーリは、相変わらずナインに荷物のごとく運ばれてピクリとも動かない。大柄な男であるユーリを抱えて足場の悪い山道を黙々と登るナインの体力にジュラードは感心し、背後を振り返ってまじまじと彼を見た。
「ん、なんだ?」
ジュラードの視線を感じてナインが声をかけると、ジュラードは一瞬戸惑いながらも「大変じゃないのか?」とナインに問う。
「ユーリを運んで登るの……」
「あぁ、いや別に」
軽くそう返したナインに、ジュラードは思わず目を丸くして驚く。するとラプラが珍しくジュラードに声をかけた。
「彼らはそういう種族なのですよ。力も体力も尋常ではありません」
「そ、そうなのか……?」
ジュラードが隣を歩くラプラに視線を向けると、彼は顔を隠す必要の無くなったフードを外して「えぇ」と頷く。
「エンセプトはドラゴンと魔族の融合種です。半分ドラゴンのようなものですからね、その力の強さも想像できるでしょう」
「ドラゴンとの、融合……」
そういえば初めて会った時も重そうな酒樽を軽々ともって運んで運んできていたと、ジュラードはラプラの説明を聞きながら思い出す。
「エンセプトってのはたくさんいる種族なのか?」
ナインの超人的な姿からエンセプトに興味を持ったジュラードがラプラに尋ねると、ラプラは首を横に振った。
「いいえ、彼らは滅びゆくことを定められた種族ですので」
「え?」
ラプラの言葉にジュラードが驚くと、ラプラは薄く笑いながら「滅びを求められているという方が正しいでしょうか」と訂正した。
「どういうことだ……?」
「単純に彼らは強すぎるんですよ。我々魔族でも手に負えない力を持っているので、彼らは大多数の魔族からは勝手に滅んでもらうことを望まれています」
ラプラがそう説明をすると、イリスがこう言葉を挟む。
「エンセプトはサンクチュアリと呼ばれる場所にだけ居場所を持ち、そこで閉じ込められるような形で暮らしている種族なんだよ。だから魔界でも姿を見ることは滅多にないんだ」
「なぜ閉じ込められているんです?」
聞けば聞くほど疑問の湧く『エンセプト』という存在に、ジュラードは好奇心のままに問いを重ねた。
「今ラプラが言ったとおりだよ。強すぎて危険だから、だって。危険な存在とは関わりたくないって心理、ジュラードもわかるでしょ?」
イリスは不意に振り返り、「ゲシュを差別するヒューマンと同じ」と言う。それを聞き、ジュラードはハッと目を見開いた。