浄化 46
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「……はっ!」
「アーリィ、どうした」
突然顔を上げて声を上げたアーリィに、ローズが前方を険しく見つめたまま声をかける。アーリィはローズの後ろ姿を見ながら、「えっと」と口を開いた。
「なんだか今、ユーリが危ない目に合いそうな……そんな予感がしたから……」
そう根拠のないことを言うアーリィに、しかしローズは「そうか」と返す。勘の鋭いアーリィなので、遠く離れていても愛する者の身に迫る危険を察したのだろうか。
「それは心配だな。だが……」
ローズは薄く笑みながらアーリィを気遣う言葉を口にする。そうしながらも彼女は手にした美しい大剣を両手で構え持ち、鋭い視線をまっすぐに前方へ向けていた。
「危ない目に合いそうなのは私たちの方も同じだぞ」
目の前に現れたのは砂漠ではお馴染みの魔物であるサンドワーム。飛竜の縄張りをやっと抜けたというところで待ち構えていたかのように砂の中から姿を現したそれに、ローズたちは否が応にも戦闘態勢を取らざるを得なくなる。
「結構大きいけど、一匹なら簡単に倒せそうかしらね」
見上げる大きさのサンドワームに、ローズの肩に移動したマヤがそう言葉を呟く。それにローズは「あぁ」と返事をした後、しかしすぐにこう訂正した。
「いや、油断するのは良くない。飛竜の縄張りを抜けたといっても、すぐ傍はまだ縄張りだ。飛竜を刺激しないよう戦わないとな」
「そうね」
ローズの言葉に頷き、マヤは「アタシのサポートは必要?」と彼女に問う。それに対してローズは首を横に振った。
「大丈夫だ。ハルファスもいるし。……マヤはウネと一緒に安全な所に下がっていてくれ」
ローズは前を向いて警戒したまま、「サンドワームは私とアーリィでなんとかする」とマヤに言う。マヤは「わかったわ」と返事をし、彼女の肩から飛び去った。
マヤがウネの元に向かったのを確認すると、ローズは大剣を握り直す。
「さて……ハルファス、頼むぞ。ジュラードも居ないし、私が体を張ってみんなを守らなくてはならん。だから力を貸してくれ」
『ふっ……戦う事とお前を守ることが私の存在理由だ。力を貸すのは当然だろう』
自身の内から聞こえた頼もしい返事に笑い、ローズは深紅に装飾された剣と共に砂の上を駆けだした。
ローズの後方ではアーリィが魔法発動の準備を始め、ウネもまた戦闘に参加しようと弓矢をその手に召還する。するとローズから離れたマヤが彼女たちの方へと飛んできて、マヤは徐にウネの肩へと腰を掛けた。
「マヤ?」
「ウネはアタシと一緒に待機よん。ローズからの伝言~」
マヤに伝言を聞いたウネは一瞬考える様子を見せ、そして納得したように静かに「そう」と頷く。彼女はローズの判断に従うように、先ほど召喚した自身の武器を消した。
「足手まといで申し訳ないわ……」
「あ、ウネの悪い癖が出たわね。いいから今はローズとアーリィに任せておきなさい」
マヤに指摘されてウネは思わず苦笑を漏らす。そして彼女は「ごめんなさい」と小さく謝り、マヤを肩に乗せたまま安全な後方へと下がった。
「アーリィ、援護を頼む!」
サンドワームへと駆けだしながらそう後方へと叫んだローズは、しかしアーリィの返事を確認することなくサンドワームの懐に飛び込む。返事など確認せずともアーリィならうまくやってくれるだろうと、彼女を信頼しての行動だ。そしてその期待通りアーリィは素早く精神集中に入り、サンドワームに有効な凍てつく攻撃の準備を行っていた。
「はあああぁああぁっ!」
素早くサンドワームの懐に飛び込んだローズは、勇ましい雄叫びを上げて力強く大剣を振りかぶる。硬質な殻で体を覆われたサンドワームは厄介な魔物ではあるが、これまで何度も戦っている経験もあり、その対処には慣れてきている。ローズの振りかぶった剣がサンドワームの鎧に当たると、耳を劈く接触音と共に火花が散った。
『何度も戦っている相手ではあるが、相変わらず硬いな……しかしっ』
「粉砕、してやるっ」
ハルファスの力を得たローズが、その細い腕に魔人の力を込める。するとサンドワームの肉体を守る殻にひびが生じるも、サンドワームも前足を薙ぎ払い抵抗した。
「ぐっ……!」
薙ぎ払われた前足と共に砂埃が舞い上がり、ローズの視界を奪う。咄嗟に後方に下がって薙ぎ払いを回避したローズだが、サンドワームは振り上げた槍のような尾の先で彼女を串刺しにしようと迫る。灰色の視界の中で高く掲げられた尾のシルエットを見上げ、ローズはほんの一瞬判断に迷いながらも大剣を掲げての防御を選択した。
刺殺しようと振り下ろされた尾の一撃は正確にローズに向けて振り下ろされる。その切っ先を大剣の刃で受け止めると、接触した箇所から再び赤い閃光が弾けた。
「っ……」
唇を噛みしめて尾の一撃を受け止めたローズは、そのまま押し切られる前に大剣を横薙ぎに払って尾の軌道をずらし退避する。続けざまに尾が何度も振り下ろされ、巻き上がった砂でさらに周囲の視界は悪化した。
「くっ……けほっ……! これは、まずっ……」
視界がほぼゼロの状態となり、さすがに『まずい』と感じたローズがその言葉を言いかけた時、闇雲に振り下ろされたサンドワームの尾の先がローズの左腕を掠める。鮮血が砂と共に周囲に飛び散り、ローズは苦痛に表情を歪めた。そして手ごたえを感じたサンドワームが再度尾を振り上げる。ローズは左頬を吹き出た自身の血で汚しながら、右腕一つで大剣を横に薙ぎ払った。振り下ろされた尾に白銀の一閃が重なり、甲高い金属音のような音と共にサンドワームの尾が弾け飛ぶ。切断面から白いワンドワームの体液が吹き出し、鮮血に汚れていたローズの顔をさらに汚した。
『ローズ、左に避けろ』
このまま押し切ってしまおうかと考えたローズの脳内に、ハルファスの指示が響く。相変わらずの視界不良の中でローズは左へと飛びのくと、その直後にローズが直前までいた場所を含めたサンドワームの周囲に青白い魔法陣が輝いた。そして一瞬の幻のような発光の後、煌めく氷粒を大気中にまき散らしながら、砂漠の真ん中にサンドワームを閉じ込める氷の棺が生まれる。
「ローズ、巻き込まれたくなかったらそこから動かないでね」
遠くでアーリィの声が聞こえ、ローズは右腕で頬を拭いながら、氷の棺に閉じ込められたサンドワームを見つめた。
『cruShDeathDrEak』
アーリィのとどめの詠唱と共に、サンドワームを閉じ込めた氷の棺がバラバラに砕け散る。アーリィの指示によって細かく破砕された氷は美しく周囲を煌めかせ、サンドワームに残酷な死を与えた。




