浄化 45
「確かにそれはそうなんだよね……」
イリスもそのことは問題だと思っていたらしく、彼は難しい顔をして「どうしようか」と考える仕草を見せる。その様子を見て、唐突にラプラが口を開いた。
「魔物の習性を利用すればおびき寄せることは可能かもしれません。あの魔物……肉団子と呼んでいますが、あれは死肉や血の匂いに敏感です。それらの匂いが近くですれば、その方向へと寄ってきます」
ラプラはそう説明し、「あなたを助けた時も、血の匂いに反応してあの魔物は孤児院を襲ったのでしょう」とイリスに告げる。イリスはその時のことを思い出し、「そうだったんだ」と頷いた。そして彼は突然、とても輝く爽やかな笑顔をジュラードに向ける。
「それじゃあアレだ、ユーリを殺して餌にしておびき寄せよう!」
「先生っ?!」
いい笑顔で恐ろしい提案をしてきたイリスに、ジュラードは「絶対だめです!」と強く否定した。
「えぇー、ダメ? すごくいいアイデアだと思うんだけど……あ、もちろんユーリをひき肉にするのは私がやるからさぁ。そーいうの得意だから任せて~」
「そんなことしたらアーリィが泣きますよ?! 誰かを餌にするのはダメです! ひき肉もだめ!」
「そう……じゃ、ユーリを半分だけ切るのは? 上半身半分くらいなら、おそらく多分死なないし……保証はできないけど……」
「だめっ!」
イリスは心底残念そうな表情で「ジュラードがそこまで言うなら……」と、渋々だが一旦『ユーリを餌にする作戦』を諦めることにする。しかし「絶対うまくいくのにな~」と言って諦めきれない様子のイリスを見て、たぶん自分が強く止めなかったら彼はその作戦を決行していたなと、ジュラードはちょっとイリスが怖くなった。
「どうして先生とユーリはそんなに仲が悪いんですか……」
「やだなぁ、悪くないよ。すごくナカヨシだよ、私たち。ユーリ曰く、私たちはシンユウらしいし」
乾いた笑いを発しながら誤魔化すイリスを疑惑の眼差しで見つめ、ジュラードはため息を吐く。すると自分の頭の上でうさこが悲しそうに「きゅうぅ~」と鳴くので、ジュラードは顔を上げた。
「なんだうさこ、どうした?」
「きゅきゅうぅ~」
うさこの悲しげな鳴き声を隣で聞き、イリスが「うさこがその身をおびき寄せる餌として差し出すって言ってる……」と呟く。ジュラードは「だから生贄的なものはダメだ!」とうさこにも強く言い聞かせた。
「きゅうきゅうぅ~」
「そんな悲しそうに泣いてもだめだからな! 大体泣くほど怖いなら、なぜ自分の身を囮に使おうだなんて考えるんだ……」
うさこの必死の決意も却下し、ジュラードは「おびき寄せるのは止めましょう」と言った。
「地道に探す方がいいのかも……おびき寄せると血生臭いことにしかならなさそうで心配です」
「うーん……でも、それだとやっぱり見つけるのに時間がかかりそうだけど」
平和的なことを望むジュラードに対して、イリスが真面目に「あまり時間をかけてる余裕はないよ」と意見を告げる。それはジュラードも理解していたが、だからといって囮なんて……と、ジュラードは苦い顔をした。
「囮はいいアイデアだと思いますけどね。あの生き物は視力が劣っている代わりに、嗅覚に優れています。多少の血の匂いでも敏感に反応してやってくるでしょう」
ラプラがそう言葉を挟むと、ジュラードは一応という感じで「多少ってどれくらいだ?」と問う。ラプラは少し考え、「小さな切り傷程度では無意味かもしれませんが……」と口を開いた。
「それでも、少しの怪我でも反応してくるでしょう。切り刻む必要は無いと思いますが……必要でしたら私が囮になりますよ」
微笑んでそう言うラプラに、ジュラードは驚いた表情を返す。
「それって自分で怪我して囮になるということか?」
「えぇ。怪我など治癒術ですぐに治りますし、大したことはありません」
さらりとそう言ってのけたラプラに対し、ジュラードは「だが……」と迷う表情を見せる。いくら平気と言われても、血を流しての囮だなんてジュラードには心配でしかなかった。
「待ってよラプラ、もし本当にその囮が必要だったら、それは私かユーリの役目だよ」
「イリス?」
ジュラードが悩んでいると、イリスが真剣な表情でラプラに話しかける。疑問の表情を浮かべたラプラに、イリスは自身の発言の意図をこう説明した。
「ラプラやジュラード、それにナインは魔物討伐の為の重要な戦力でしょう。多少とはいえ怪我をした状態で戦うのは不利になるから、それは避けた方がいいよ。一方で私やユーリは、二日酔いやらであまり戦力にはなれないと思う。だから囮が必要な場合は、私かユーリがそれをすべきだよ」
冷静にそう意見するイリスに対して、今度はラプラが「それはダメです!」と強く否定する。
「イリスが囮なんて……そんなの私が許しません! 危険ですよ!」
「そう? じゃー、やっぱりユーリを餌にするしかないかな~」
イリスがチラリとユーリに視線を向けると、ユーリはナインに運ばれたまま一切の反応が無くなっている。それを確認し、イリスは「ほら、ユーリが静かなうちに囮にしちゃおう」と悪魔のような笑顔で言った。
「せ、先生っ!」
「大丈夫だよ、ジュラード。ラプラも言ったでしょ、怪我なんて治癒術で治るって。大丈夫、ちょっとだけ腕とか足とか切るだけにしとくからっ! ホント、ホントだよ!」
「だ、だけど……意識のない人を囮にするなんてひどい……」
ジュラードが渋っていると、イリスは「ジュラード、戦いっていうのは時に辛い判断も必要なんだよ」と諭すように告げる。
「ジュラードも大人になったらわかるよ。あまりわかってほしくないことだったけどさ、今回は仕方ないよね……」
「先生、なんか俺に教えるように言ってますけど……本音はユーリを囮にしたいだけでしょう?」
ジュラードが指摘すると、イリスはただ優しい笑顔を返す。その笑顔に対してジュラードは何も言えず、彼は苦い顔で可哀想なユーリを見つめた。