浄化 43
病院内の受付でリリンのことについての話をすると、一階の個室となっている待合室らしき場所に案内され、しばらくそこで待つように指示される。
ジュラードが緊張した面持ちでリリンを待っていると、程なくして部屋の扉が開き、同時に「おにいちゃんっ!」という予想外に元気な少女の声が室内に響いた。
「リリンッ!」
「お兄ちゃん、会いたかったっ!」
部屋に付き添いの看護師と共にやってきたリリンは、ジュラードの姿を見ると笑顔で駆け寄り、そして立ち上がった彼に勢いよく抱き着く。リリンはジュラードの外套に深く顔を埋めて、「お兄ちゃんだ~」と嬉しそうな声を上げた。
「あ、あぁ……リリン、その……寂しかったか?」
リリンに少し苦しいくらいに抱き着かれて、ジュラードは戸惑いつつ彼女の頭を優しく撫でる。リリンは顔を上げて、「寂しかったよ」と素直な返事を彼に返した。
「寂しかったけど、でもね……リリン、我慢したよ……だってお兄ちゃんも頑張ってるんだから」
顔を上げたリリンは、わずかに涙ぐむ視線をジュラードへ向ける。彼女のその健気な言葉と涙ぐむ眼差しに、またつらい思いをさせてしまったとジュラードは反省したが、同時に彼女の顔色がとても良いことにも気づく。元気に自分へと駆け寄ってきた勢いからも、彼女の体調が現在はいい方向に向かっているということは明白であった。
「リリン、体調はどうだ? 今は苦しかったりしないか?」
しかしそれでも確認せずにはいられず、ジュラードは涙を拭うリリンにそう問いかける。するとリリンは笑顔をジュラードに向けて、「うん、元気だよ」と言った。
「うさこもリリンに会いに来てくれたんだね!」
「きゅいいぃ~!」
うさこはリリンに声をかけられると、ジュラードの頭の上からリリンの頭の上に飛び降りる。そして彼女の頭の上で嬉しそうに踊りだした。
「うさこ、元気だね! リリンもね、今は踊れるくらい元気なんだよ」
「きゅっきゅ~!」
「踊れるくらいに元気なのか……そうか」
やはり異常なマナに侵された地から離れた結果、リリンの体調は良くなっているらしいと、それを知ってジュラードは安堵する。
「こちらに移られてからリリンちゃんの体調は安定していますよ」
付き添いでやってきた看護師の女性もそう声をかけ、ジュラードは「そうですか」と微笑みを浮かべて頷く。するとリリンはうさこを頭に乗せたまま一旦ジュラードから離れ、部屋にいた他の者たちにも声をかけた。
「お姉ちゃんもね、会いたかったっ!」
リリンはまずはイリスにそう言いながら駆け寄り、彼にもジュラード同様に抱き着く。イリスは「私もだよ」と笑顔で彼女を抱きしめ返した。
「本当にリリン、元気そうでよかった。こっちでの生活はもう慣れた?」
「うん! あのね、最近はずっと外で遊んでるの! おねぇさんと一緒にね、お散歩したりねっ」
リリンの言う『おねぇさん』とは、付き添いで一緒にやってきた看護師の女性のことだろう。イリスはリリンの無邪気な報告を目を細めて聞き、彼女の話が終わるともう一度「よかったね、リリン」と言った。
「リリンが元気になってくれて、ジュラードも私たちも嬉しいよ」
「えへへっ! えっと……それで……」
リリンはイリスからも一旦離れて、ラプラ、ユーリ、そしてナインと視線を向ける。
「おにいさんは、うんと……ラプラのおにいさんと……ええと、そっちで寝ているのは、ユーリおにいさん、だっけ……」
リリンに声をかけられたラプラはフードの下で微笑みながら「はい」と返事をし、一方で二日酔いでそれどころじゃないユーリは反応無く部屋の長椅子で倒れている。そんな彼の代わりに「そっちのお兄さんはユーリであってる」とジュラードが返事をし、リリンは頷くと改めてナインを見た。そうして彼女は難しい顔をして考える。
「うーんと……ごめんなさい。リリン、おじさんのことは……思い出せないの」
リリンがそう申し訳なさそうに呟くと、ジュラードは慌てて「そのおじさんは初対面だ、リリン」と言う。するとリリンは驚いた顔をしてジュラードにこう言った。
「お兄ちゃん、またお友達が増えたの?!」
「お、お友達というか……」
リリンの言葉にジュラードは苦い顔をし、そんな二人のやり取りを見てナインは可笑しそうに笑う。彼は低く笑い声を発しながら「オトモダチか」と呟いた。
「嬢ちゃん、俺はお前の兄貴の……知り合いだな。名前はナインっつーんだ」
「ナインおじ……おにいさん?」
「ははは、こんな小さい子に気を使われるとはな。いいぜ、俺のことはおじさんで」
ナインはリリンの前まで歩むと、巨躯を屈めて大きな手で彼女の頭を撫でる。そうして「よろしくな、リリン」と彼女に告げた。
「うんっ! よろしく、ナインおじさん」
新たな知り合いに対してリリンは嬉しそうな笑みを返す。ナインとすぐに打ち解けてしまった彼女の様子を見ていたジュラードは、やはり自分の妹とは思えないくらいのコミュ力の高さだと改めて感心した。
「ところでお兄ちゃん、ローズお姉ちゃんたちは?」
リリンはまたジュラードの元ヘと近づき、「一緒じゃないの?」と首を傾げる。それに対してジュラードは「ちょっと別行動をしているんだ」と返した。
「そうなの? リリン、ローズお姉ちゃんたちにも会いたかったな……」
少ししょんぼりと肩を落としたリリンに、ジュラードは「直ぐにあいつらにも会える」と言う。
「ローズたちは、リリンを助けるための薬を作りに行ってるんだ」
「そうなの?! じゃあリリン、みんなのいるお家に帰れるの?」
期待の眼差しを向けるリリンに、ジュラードは「もう少ししたらな」と言って屈んだ。
「もう少ししたらローズたちが薬を持ってきてくれる。その薬できっとお前の”禍憑き”は治るだろう。そしたらまたみんなで一緒に暮らせるはずだ」
「もう少し、か……まだリリン、帰れるわけじゃないんだね」
また少し寂しそうな表情を浮かべた妹に、ジュラードは一瞬掛ける言葉を失う。彼女はずっと一人で我慢し続け、寂しさに耐え続けていたのだ。あともう少しだといっても、その一言で彼女の寂しさを消すことは出来ないだろう。
どう言葉を掛けてやればいいのか迷うジュラードに、意外にもリリンから笑顔を向けてこう言葉を返した。
「……でも、リリンね、お兄ちゃんが『もう少し』って言うなら、もう少しだって信じるから……頑張るね」
「リリン……」