浄化 42
「手出ししてくる様子はないが……しかしこうもあからさまに監視されていると、それも落ち着かなくて嫌な感じだな」
ただ上空を飛び自分たちを監視する飛竜を見上げ、ローズは険しい表情でそう言葉を漏らす。それにはマヤも同意のようで、彼女は「やっぱり早くここを抜けた方が良さそう」と言った。
◇◆◇◆◇◆
ナインが転送した場所はジュラードたちの孤児院からやや離れた山の麓で、都市というほどではないが大きな町近くであった。
本来はもう少し近くに転送することも可能であったが、そこに転送してもらったのはジュラードの望みだ。彼はある目的のために、少し寄り道となるこの場所に転送を頼んだのだった。
「えっと、ユエから聞いた住所だと……この道をまっすぐ行くとあると思うんだけど……」
イリスがそう呟きながら、地図を確認しつつ先導する形で町の中を進む。ローズやマヤといった普段リーダー役となっている人物がいないので、今回は彼がその役割をしているようだ。しかしまだ二日酔いとの戦いは続いているようで、時折苦しげに顔を歪めて「うっ……」と呻いたり頭を押さえて立ち止まったりと辛そうであった。
「先生、大丈夫ですか……?」
「きゅうぅ~」
調子が悪そうなイリスを心配して、彼の後ろでジュラードが声をかける。同時に彼の頭に乗ったうさこも心配する鳴き声をあげた。
「うん、平気……ではないけど、ユーリよりはマシだから大丈夫……」
イリスがそう返事すると、ジュラードは自分の後ろをナインと共に歩くユーリに視線を向ける。その彼は二日酔いからの転送術でさらに酔ったらしく、ナインの肩を借りてふらふらと辛うじて歩いているという状態だった。
「うっ……オッサン、俺吐きそう……吐いていいか……?」
「絶対ここで吐くなよ」
「う、うぅ……」
ナインに静かに釘を刺されて、ユーリは口元を抑えながら必死に吐き気に耐える。そんな彼の様子を確認し、ジュラードは「確かにユーリが一番ヤバイな」と呟いた。
「お前ら、こんな状態で魔物退治をする気なのか? 正気かよ」
ナインが呆れ気味にそう疑問を口にすると、ジュラードは思わず「あなたが妙な酒を出すからこうなったんだ」と言う。それを聞いてナインはなぜか可笑しそうに笑い、「それもそうか」と言った。
「でもアレを飲んで二日酔い程度で済んだのは幸運だぞ。下手すりゃ中毒になって廃人コースもあるからな」
「そんなもの飲ませんな、クソおやじ……っ……うぐっ……」
ナインの恐ろしい発言に、ユーリが憎しみこもる声でツッコむ。背後でそれを聞いていたイリスもげんなりとした表情を浮かべ、命だけは助かってよかったと彼は思った。
「イリス、あなたもつらかったら私の肩を貸しますから遠慮なくおっしゃってくださいね? いえ、肩と言わず私の胸を……全身を貸しますよっ」
隣を歩くラプラにそう声をかけられ、イリスは「気持ちだけありがたく……」と丁寧にお断りをする。そして彼は足を止め、もう一度地図を確認した。
「リリンのいる病院は……もう少し先かな?」
そう言って顔を上げ、彼はジュラードへと振り返る。二日酔いで痛む頭を無視して、イリスはジュラードに笑顔を向けた。
「久しぶりだね、リリンに会うの。楽しみだね」
「あ、あぁ……そう、ですね」
ジュラードがナインに頼んで転送先に指定したのは、一人孤児院を離れざるを得なくなったリリンの居る病院がある町であった。そして彼らは今その病院を目指して歩いている。
「あれ、ジュラード嬉しそうじゃないね……」
曖昧な笑顔を返してきたジュラードの反応を疑問に思い、イリスがそう問いを向けると、ジュラードは慌てて「嬉しくないわけじゃないですよ」と言葉を返した。
「ただ、ちょっと緊張するというか……毎回リリンに会うときはそうなんですが……リリンが無事だろうかと、それを先に考えてしまって」
妹の容体は悪化していないだろうかと、それを考えるとどうしても嬉しい気持ちよりも不安が勝ってしまうと、ジュラードはそんな自分の気持ちを伝えた。
するとジュラードの気持ちを理解したイリスは気遣う微笑みを向け、「そうだね、心配しちゃうよね」と返す。
「でも、病院があるここはマナが正常な場所だから……大丈夫、リリンの病状が悪化することは無いよ」
「そ、そうですね……えぇ、そうだってわかってるんですが、どうも……姿を見るまで安心できなくて」
ジュラードは苦く笑って「すみません、心配し過ぎだとは思うんですが」とイリスに返し、イリスは彼の心情を理解して「早く病院行こうか」と歩みを再開させた。
イリスの先導でしばらく町の中を歩くと、イリスが「ここかな」と言って大きな白い建物の前で足を止める。看板には目的としていた病院であることが示されており、ジュラードも「ここのようですね」とイリスに言った。
レイヴンの紹介でリリンが一時避難した病院は外観的にそれなりに大きな規模の病院のようで、ジュラードはその建物を見上げながら内心で少し驚く。大きな病院ほど働く人や病院に投資する人等、関わる人の数が多くなる。すると自然とゲシュをよしとしない人の声が多くなり、その結果にゲシュを受け入れない方針となることがよくあるのだ。だからゲシュである者たちは病気になれば、レイヴンのようなゲシュを差別しない個人の医者が診療を行う診療所に足を運ぶ。それはジュラードが物心ついた時から当たり前のことであって、今更そのことに対してジュラードが不平不満を思うことはなかったが、しかし今目の前に立つ病院はゲシュを受け入れてくれていることを知り、ジュラードは嬉しいと感じる自分の気持ちに気づいた。
自分がゲシュであることは隠すべきこととずっと感じていたジュラードだが、もしかして世界は自分が思うほどゲシュに厳しいものではないのかもしれない。そんな希望が自分の中にあることを感じながら、ジュラードは病院の敷地内へと足を進めた。