浄化 41
「俺も……いや、私もつい声を荒げてしまって悪かった」
反省した表情で少し気落ちしているアーリィを気遣うようにローズがそう彼女へと声をかける。するとウネが二人の会話に入ってこう言った。
「確か肉体をウィッチに奪われた後、その姿に変えられたとの話だったけれども……元に戻る手掛かりは何か見つかったの?」
歩みを進めながらのその問いにローズは冴えない表情を浮かべて「いや、まったく」とウネに返す。マヤはそんなローズの表情を見て、「そんなに落ち込むことじゃないわよ~」と声をかけた。
「前にも言ったけどさ、アタシのマナの回収は可能になったわけだし、アタシの力が戻ったらローズも何とかするわ」
「あ、あぁ……もちろんその言葉に希望をかけているよ」
「任せてよ。なんてったってアタシも神様なんだからね!」
「ふっ……そうだな」
いつも自分を気遣ってくれるマヤの存在が心強いと、そうローズは思う。なるべく重い雰囲気にならぬよう、みんなの前では軽い感じでその話題に触れてくれることも、彼女に救われている一つの要因だろう。自分も”この話題”に関してはもう少し心に余裕を持たなくてはと、そうローズは反省した。
「まだ元に戻りたいという気持ちはあるのね」
マヤとローズのやり取りを聞いてウネがそう言うと、ローズは「当然だ」と彼女に返す。
「希望を捨てたわけじゃないからな」
「そう……でも、元に戻るのは難しそうね……」
ローズとマヤの会話からそう判断したウネの言葉に、ローズは苦笑と共に「まぁな」と肯定を返すしかなかった。しかしマヤはそうは思っていないようで、「そうかしら」という返事をウネに返す。
「アタシは自分の力が戻ったら、どうにかしてローズも元に戻してあげるって自信あるわよ」
「そうなの? さすがね」
自信あるマヤの態度にウネが関心を示すと、マヤは小さい体で胸を張り「ふふん、当然よ」と言った。そんなマヤの様子を見て、ローズは根拠のない自信だろうかと一瞬考えたが、しかし彼女に何か考えがあるのかもしれないとも考え直す。
「何か思いついたのか?」
ローズがそう問うと、マヤは「まぁね」と返事をしてローズを驚かせた。
「え、本当か?!」
「ローズ、だから声大きいってばっ」
興奮して思わず大声を発してしまったローズに、マヤは注意を告げる。ローズは慌てて周囲を見渡し、飛竜を刺激していないことを確認してから「すまない」と言った。
そして彼女は小さな声で、改めてマヤに問いかける。
「マヤ、何かいい方法を思いついたのだろうか?」
「んー……イリスや昨日のあの焼き肉屋の店主を見てて思ったのよね。ウィッチがあなたの肉体を変化させたのって、変身術的なものだったのかなぁって」
マヤはそう説明し、「勿論変身って一時的なものだから、恒常的な変化とは多少は別物でしょうけど」と付け足す。しかしローズもそう言われれば、自分の変化は変身術に近いものなのだろうかと感じた。
「つまり俺も変身すればいいのか?!」
急に戻れるような気がしてきたローズが興奮を隠さずにそう言うと、マヤは微苦笑を浮かべてこう彼女に返した。
「うーん、たぶんそれじゃ一時的な解決でしかないだろうから……変身術を応用して恒常的に変化させる術を開発するしかないかな、と考えているわ」
冷静に判断するマヤの言葉に、しかしローズは「そうか」と嬉しそうな笑顔を見せる。それは全く希望が無いわけじゃないと気づいた故の笑顔だった。
「で、その術の開発は変身術を知るおねーさまと協力したらどうにかならないかな~と、ね。後はアタシの隠れ家に戻って、ウィッチが残した資料を見て術開発の手掛かりとなるものが無いかを確認して、もう少し自由にアタシが力を使えるようになったら本格的に……」
「ま、マヤ……いつの間に、そこまで具体的に俺のことを考えてくれていたのか……っ」
マヤの説明を聞き、ローズは感動のあまり涙ぐむ。その彼女の様子を見て、アーリィは「ローズ、相当つらかったんだね」と可哀想なものを見る目で言った。
「うぅ、そりゃそうだっ……もちろん最優先はマヤのことだが、俺だって……出来ることなら元に戻りたいと、そういつも……っ」
言いながらローズはついにぽろぽろ泣き出すので、アーリィは「大丈夫?」と言いながらハンカチを差し出す。もうアリアの体に慣れていたのかと思っていたので、思ったよりメンタルがやられていたんだなぁと、アーリィは珍しくローズに同情した。
「本当に、すぐ泣くところはアリアと変わらないわよねぇ……」
「な、泣いてないっ」
マヤに呆れ気味な視線を向けられ、ローズは彼女の言葉を否定しつつ、アーリィから受け取ったハンカチで涙を拭う。完全に泣いているが、そうツッコむとローズが可哀想に思えたので、全員で「そうね」「泣いてないね」「泣いてないように思える」と口をそろえて言った。
「うんうん、ローズは泣かないでいい子だわ。ごめんねっ」
「おいマヤ、急になぜ子ども扱いのようなことに……いや、マヤだけじゃなくてアーリィやウネまでそんな慈愛に満ちた優しい眼差しを向けて……なんなんだ?」
三人の女性に『可哀想な子』扱いをされて、ローズは戸惑う。そんな彼女に「気にしないでいいわよ」とマヤは告げた。
「みんなもう少しローズに優しくしてあげないとって、そう思っただけなのよ」
「……十分優しくしてもらってるけどな」
何か腑に落ちないが、ローズはとりあえず気にしないことにする。その時空にはばたく音が微かに聞こえ、ローズは上空に視線を向けた。
「また飛竜だ……」
青空の先に大きく羽を広げて飛ぶ飛竜の姿を見つけ、ローズは目を細めながらそう呟く。マヤも「やはり縄張りを出るまで、こちらを監視するようね」と飛竜の様子を見ながら言った。




