浄化 40
「ええと、ウネ……こ、これは一体どういう……?」
ローズが空を旋回する飛竜を見上げながら震える小声でそう問うと、ウネは「えぇ、だから転送に失敗したみたい」と申し訳なさそうに繰り返す。
「失敗するのは久々だわ……目的地にそう遠い場所ではなさそうだけども」
ウネのその呟きを聞いて、どうやら目的地と全く違う場所に来たわけではなさそうだと、ローズは不幸中の幸いに少しだけ安堵した。しかしすぐに安心している場合じゃないと思い直す。
「飛竜か……こっちを警戒しているようだけど、まだ様子を見ているという感じね。あのタイプの飛竜はそんなに狂暴な種類ではないし、今は繁殖の時期とかでもないから落ち着いているようね」
マヤが上空の飛竜を見上げながらそう冷静に分析する。アーリィも「刺激しなければ逃げられる可能性もありそう」と言い、ローズに視線を向けた。
「どうする、ローズ。それとも戦う?」
「……いや、正直私は飛竜を相手にはしたくない。飛行系は苦手だからな……だから、むやみに刺激して多数の竜に囲まれてしまっては困る。できれば刺激せずに逃げたいな」
アーリィの問いかけにそうローズは答え、「問題はうまく逃げられるかだな」と言葉を続けた。
「一先ずどこか落ち着いたところまで避難できれば、そこで改めて転送の準備をするわ。そうすればすぐになわばりを抜けられるはず」
ウネがそうローズに話しかけると、ローズは「そうか」と短く返事をする。そしてすぐに「いや」と否定を告げた。
「目的地までそう遠い場所に転送したわけじゃないのなら、このまま徒歩で移動しよう。ウネも調子悪いみたいだし、負担になるようなことはしたくない」
「気遣ってくれるのはありがたいけれども、安全にここを脱出できるかしら……縄張りはまだ先まで続きそうだし」
ウネが心配したようにそう言うと、ローズは彼女を安心させるように微笑んで「やるだけやってみよう」と返した。
「どうしても戦う必要が出てしまった場合は仕方ないが、その時はその時だ。まずは戦闘を避けて移動することに集中しよう」
「……そうね」
転送の失敗に責任を感じている様子のウネは、ローズの言葉に頷きつつも冴えない表情を返す。ローズはそんな彼女の様子に気づき、小さく「大丈夫だ」と言った。
「普段はウネに助けてもらってばかりだからな。今回は私たちに任せてくれ」
ローズの言葉にウネは少し驚いたような表情を浮かべ、そして小さく笑う。
「えぇ、頼らせてもらうわ」
「……ありがとう」
ウネの言葉にローズは嬉しそうに頷き、そして彼女は方角を確認して現在地の把握を始めた。
「……ええと、クノーのある方角はあっちだから……」
方角を確認したローズは、現在地が目的地同様の砂漠、そしてウネいわく『目的地とそう大きく異なる場所に転送したわけではない』という言葉を信じ、クノーの都市がある方向へと進むことにする。ローズが先導する形となり、彼女は「こっちに行こう」と言って南西の方角を指さし歩み始めた。
急いで飛竜のなわばりを出たいローズたちだが、しかし砂漠の移動は通常の移動よりも体力を消耗する。さらに体力のないアーリィが一緒なので、先頭を歩くローズの歩みは急ぎたい気持ちを抑えて、ゆっくり目のペースとなっていた。
幸いというか現在歩いている場所は峡谷となっており、ちょうど今の時間帯は歩いている谷の部分が影となっているので通常よりは暑さを感じることは無い。適度に休憩も挟めば、アーリィでも問題なく歩いて進めるだろうかとローズは考えつつ、後ろを行く彼女の様子を窺った。
「……なに?」
ローズの視線に気づいたアーリィが顔を上げてそう問うと、ローズは「いや、ペースは大丈夫かなと思って」と返す。
「急ぎすぎだったら言ってくれ」
「別に平気。それに早くこの場所抜けないといけないんでしょ? あんまりゆっくり歩く余裕はないはず」
アーリィに素っ気なくそう返され、ローズは「それはそうなんだが」と苦笑した。
「まぁまぁアーリィ、ローズも心配なのよん。アーリィとウネ、二人を無事にこの恐怖のなわばりから脱出させないとって、そういう責任があるみたい」
「責任?」
マヤが笑いながらローズの内心を代弁すると、アーリィは首を傾げながら「何の責任?」と不思議そうに呟く。ウネも怪訝な表情をして自分の方を見るので、ローズは「マヤ、あまり余計なことを言わないでくれ」と何か気まずそうな様子でマヤに言葉を向けた。
「えー、余計なこと? ごめーん、ちょっとどーいう意味かよくわかんなーい」
「絶対わかってるだろう……まぁ、いいや。マヤの言う通りだしな……」
ローズは深いため息を吐き、前を向く。二人に背を向けたまま彼女はこう説明した。
「徒歩での移動の予定は無かったから、砂漠を移動する準備をしてこなかっただろう。最低限の旅支度でここを抜けないといけないわけで、だから私がしっかりしないといけないと思ってな」
そうローズが言った直後、マヤはアーリィとウネの元に飛んでいき、小声でこう補足説明をする。
「女性二人を守ってあげないとって、男のプライドがあるみたいよ~」
「……ローズも女の子なのに」
マヤの補足を聞いたアーリィが悪気無くそう言うと、しっかり聞こえていたらしいローズは振り返って「俺は男だ!」と力強く言い返す。直後にマヤに「ローズ、声大きいっ」と注意され、ローズは慌てて「すまん」と小さく謝った。
「つ、つい大きな声を出してしまった……静かにしないと、だよな」
「っていうかローズ、ごめん。私が余計なことを言ったからだよね」
先ほどの発言は失言だったと、そうアーリィが反省してローズに謝罪する。するとローズは今度は小さく笑い、「あぁ、いや、俺もすまない」と返した。