浄化 38
なんでもいいから早く次の行動を、という態度を隠さないユーリと目が合うと、彼はジュラードに「お前も座ってれば? なんか長そうだし」と声をかける。ジュラードはなんとなく首を横に振った。
「で、どう? もう一回聞くけどさ……一緒に来て、手伝ってくれないかな?」
イリスがそう店主に言うのが聞こえて、ジュラードの意識はそちらへと戻る。ジュラードが店主を見ると、彼と一瞬目が合い、しかしすぐに店主はイリスへ視線を移した。
「……答える前に俺からも一つ聞いていいか」
「なに?」
店主の言葉にイリスが顔を上げて反応すると、店主は額にかかるほどに長い灰色の前髪の隙間から、深紅の眼差しを鋭くイリスへ向けた。
「お前、俺の心を見たのか?」
それを耳にしたジュラードには不可解な問いであったが、店主に睨まれたイリスは問いの意味を理解できているようで、「まさか」と笑って返す。
「あなたにそんなことできないし、そもそもそんなことしなくても……あなた、わかりやすいから」
「……チッ。本当に知恵のまわる嫌な魔物だな」
店主は不機嫌そうにそうぼやき、そして「しょうがねぇな」と呟く。それを聞き、ジュラードは「え、手伝ってくれるのか?」と確認するように聞いた。
「……あぁ、いいぞ」
店主はそう言った後、「本当に俺が必要ならな」と付け足す。正直男が何者で、いったいなぜ心変わりしたのかなどわからないことだらけであったが、店主が戦闘で頼りになりそうなことはジュラードも何となく察することができたので、彼は「あぁ、手伝ってくれるなら、ぜひ」と返事を返した。
「そうか……で、他の人たちはどうなんだ?」
「俺は別に……可愛い女の子じゃなきゃ、手伝ってくれてもくれなくてもどっちでもいい~」
店主が周囲を見渡しながら問うと、座って暇そうにしていたユーリがそう正直に返事をする。答えてからユーリはハッと我に返った様子を見せて、「あぁ、いや、頼りになるおっさんダイカンゲイです」と言い直した。
「可愛い女の子より、やっぱり頼りになるおっさんだよな! だって可愛い女の子は危ないことさせて怪我させちゃったら良心が痛むし! その点おっさんは雑に扱ってももとくになにも感じないからサイコーだよな!」
ユーリの言い分に呆れる店主は、彼を無視してラプラに視線を向ける。すると敵対心を隠すことなく睨み付ける彼と目が合い、店主は薄く笑った。
「おぉ、随分嫌われたみてぇだな、俺ぁ」
「えぇ、私は大反対です」
ラプラは忌々しげに店主を睨み付け、「私のイリスに色目を使うなど……殺したい」と怖いことを呟く。本気で呪い殺しそうなので、イリスはため息とともにラプラへ向き直り、こう声をかけた。
「ラプラ、有難く手伝ってもらおうよ。絶対この人強いし、手伝ってもらったらすごく助かるよ~」
「ダメです! イリス、こんな怪しい男より私の方が奴に立ちますよ!」
ラプラが全く聞く耳を持たないので、イリスは一瞬考える。このとんでもなく強そうなエンセプトをスカウト出来れば、彼一人に任せていいくらいに魔物退治が楽になるのではと考えるイリスは、楽するためになんとしても彼をスカウトしたいのだ。そのためにはまず先にこの面倒くさいラプラを攻略しなくてはならない。
「ラプラ、あのさぁ……彼はこっちをからかってるだけで特に私には興味はないよ。私もジュラードや孤児院のみんなの安全のために強い彼に手伝ってもらいたいだけで、それ以外の感情は無いしさ」
イリスはそう言うとラプラの手を取り、潤ませた上目遣いでラプラを見上げて「お願い」と言う。するとラプラは「う、うぅ……」と苦渋の表情で呻いた後、数秒悩んだのちに「わかりましたよ」と力なく呟いた。
「ううぅ、あなたにそんな可愛らしくお願いされてしまっては……」
「そっか、よかった」
ラプラが折れるとイリスはさっさと手を離し、再度店主へと向き直る。ラプラは「あぁ、もう少し手を握ってても」とか言ってたが無視して、イリスは改めて店主に手伝いをお願いした。
「じゃあ手伝いお願いします、えーっと……」
そういえばまだ名前を聞いていないことを思いだし、イリスは「名前を聞いてもいいかな?」と店主に問う。店主は乱暴に頭を掻きながら、「名前か……」と呟いた。
「ナインだ。なんだかあんまり熱烈に歓迎されてるような感じじゃねぇし、気が進まねぇが……」
ナインと名乗った男は「まぁ、いいか」と独り言のように納得して、そして彼はジュラードへ視線を向けた。
「!」
こちらを見たナインにジュラードが反射的に驚くと、ナインは目を細めてニヤリと笑う。そうして彼は「よろしくな」とジュラードに言った。
「え? あ、あぁ……よろしく」
戸惑いつつもジュラードはナインへと返事を返す。戸惑うジュラードの様子を察してか、うさこが「きゅう?」と声を上げたが、ジュラードは何も言わずナインを見返した。
◆◇◆◇◆◇
一足先にジュラードたちが転送してくれるという昨夜の店主の元へ向かった後、ローズたちは旅立つアゲハを見送ると、研究所の敷地内でウネの転送準備を待っていた。
「……」
ウネは黙々と転送の為の魔法陣を描いているが、その表情はどこか冴えない。ローズはそんな彼女を心配そうに見つめ、そして右肩で待機するマヤに「大丈夫だろうか」と不安を呟いた。
「大丈夫って、なにが? 薬のこと?」
「あ、いや、そっちじゃなくてウネが……すごく体調悪そうだからつい心配になってな」