世界の歪み 12
穴から這い上がってきた男から固形のブロック状の携帯食料を貰い、エルミラは早速それでカロリー摂取を図る。そうしながら彼は男から、何故地中にいたのかなどを聞いた。
「へぇ、フェリードは学者さんなんだー」
エルミラにフェリードと名を名乗った男は、もしゃもしゃと遠慮一切無く携帯食料を食うエルミラを眺めながら、「はい、そうなんです」と頷く。
「地理専門なんですけど、気になるととことん調べたくなる性分なんです。で、つい夢中になるとさっきみたいに穴の中潜って調べる事もよくあって……」
「あー、わかる。オレもつい気になる事はトコトン調べちゃうタイプ。それで三日くらい飲まず食わず寝ずで頑張っちゃったこととかあるよ」
「もしかしてエルミラさんも学者さんか何かですか?」
「えっとね、う~ん……まぁ、似たような職業かな?」
曖昧に笑って誤魔化し、エルミラはフェリードに「で、君こんなとこ潜ってここの何をそんなに熱心に調べてたの?」と聞く。フェリードはエルミラにこう語った。
「えっとですね……ここだけじゃないんですけど、どうもこの1、2年で各地のマナの量が増加傾向にあるようでして……それで僕、色んなとこ回ってマナの量を計っているんです」
「あ、そうかー……」
フェリードは「実はコレ、学会とか色んなとこで結構な騒ぎになってるんですよ」と、マナの増加のことをエルミラに語る。ぶっちゃけ枯れる寸前だったこの”星”のマナがまた増え始めた事はエルミラも知っていたし、むしろそうなる原因を作った一人でもあった彼なので今更フェリードにその話を聞いても驚きは無かったが、一応何も知らないふりをしておいた。
「それはアレだね、すごいことだねー」
「えぇ、ホントだったら凄い事ですよ。なんて言うか、希望がある話ですよね」
嬉しそうに微笑んでそう語るフェリードに、エルミラは過去に自分がした事を少しだけ許された気持ちになる。
「……希望、か」
かつて”自分たち”が犯した罪が後に少しでも希望になればいいと、彼もあの二度目の『審判の日』からそれを願っていた。
そして今、それを『希望』と言ってくれる人がいる。
「あれ、エルミラさん……なんでそんなに笑顔なんですか?」
「え? いやぁ、だって……いえいえ、何でもございません。それよりフェリード、ここで会ったのも何かの縁だろうし、オレもマナの測量手伝ってあげるよ」
「え? いや、いいですよ。素人の人に出来ることじゃないですから」
「馬鹿、オレがただの素人に見えるか? あ、いや、ただの素人って思ってくれてた方が有難いんだけど……とにかく任せろって。つか手伝わせて、オレもマナの増加の量と傾向を確認したいから」
「はぁ……」
◆◇◆◇◆◇◆◇
ジュラードたちが乗った列車が、ユーリたちがいるアゼスティへと着く。
ジュラードたちは二人が店を構えるアル・アジフからまだ少し距離のある、ルルイエというアゼスティのもう一つの都市に一先ず降り立った。
「ジュラード、大事な話があるんだ」
「な、何だ?」
駅に降りて直ぐ、何か思いつめたような顔をしたローズに呼び止められ、ジュラードはちょっと怯えながら彼女と向き合う。うさこもジュラードに抱えられたまま、不思議そうにローズを見た。
「きゅいぃ?」
「あぁ、うさこも聞いてくれ……実は大変なことになってしまって」
ローズは重い溜息を吐きながら、物凄く深刻そうな表情を見せる。ジュラードは、彼女が一体何を語るのだろうと緊張した面持ちで固唾を飲んだ。
「な、なんだ? そういえばまだマヤの姿も見えないし……何か相当深刻な事態が……?」
「いや、マヤは直接関係無いんだけど……それが……」
ローズは俯き、声を震わせてジュラードに告げる。
「……実は、今の私は役立たずなんだ。ダメ人間と罵ってくれてもかまわない……」
「……は?」
この世の終わりみたいな深刻な顔で呟かれたローズの一言に、この場合は一体どう反応したら正解なんだろうとジュラードは困惑した。
「えっと、なんだ……つまりハルファスの力が借りられない今、お前は戦えない、と」
とりあえず駅近くの軽食店で落ちついてローズの話を聞くことにしたジュラードは、目の前で泣きそうな顔をしながらショートケーキを頬張るローズに確認するように聞く。
「ほうはんは……」
「あぁ……何言ってるかよくわからないから、とりあえず食ってくれ。返事はそれからでいいから」
ローズは本格的に泣きそうな顔になりながら、「はひはほほ」と言いまたケーキを一口頬張る。多分『ありがとう』って言ったんだろうなと思いながら、ジュラードはコーヒーを啜った。
「きゅいぃ、きゅい……」
ジュラードが自分の横の席に視線を向けると、そこではうさこが注文した果物入りゼリーを無表情でもしゃもしゃと食している最中だった。何か絵面的に物凄く共食いの気配がする光景だったが、ローズはとくに何も疑問に思っていないようなので、ジュラードもなるべく深く考えないでうさこの食事を見守る。だがやはり彼はうさこの生態が気になって仕方なかった。
「しかし、見れば見るほど気になる……排泄は一体どこから……?」
ジュラードがうさこの謎に引き込まれていると、ローズがケーキを食べ終わったようで、お茶を一口飲んで落ち着いてからまたジュラードに語りかける。
「……はぁ、すごく美味しかった。……それでさっきの話なんだけど、凄く深刻な状況なんだよ」
「そうなのか?」
ぶっちゃけジュラード的にはそんなに一大事のようには聞えないローズの話なのだが、しかしローズ的には物凄い深刻らしい。
「あぁ。実は戦闘中は勿論だけど、普段も荷物運ぶのとかでハルファスの力を使っていたんだ。だから彼女から力が借りれない場合は、私は自分の荷物を運ぶのもいっぱいいっぱいになるんだ」
「そ、それは……確かに深刻かもな」
ローズは重い溜息を吐き、「これからしばらくは、お前にすごく迷惑をかけてしまうかもしれない」とジュラードに告げる。そしてローズは深く頭を下げた。
「すまない」
「ちょ、なんでいきなりそんな謝る?!」
ジュラードが慌てると、ローズは頭を上げて申し訳無さそうな顔を向ける。とくに迷惑をかけてはいない今の時点でこんなに萎縮されると、実際迷惑かかった時は一体彼女はどうなってしまうのかと、ジュラードはそこが気になり不安になった。
「そもそもこの体、本当に力も体力も無くて困るんだよ。アリアだから仕方ないのかもしれないけど……男だった時はハルファスの協力は戦闘中くらいで済んだのに、この体じゃ体力的に普通に旅するのも難しいから常に助けてもらわないといけなくて……」
「……え?」
「ハッ! い、いや、すまん、なんでもない!」
何か今一瞬ローズが電波な事を言ったと思ったジュラードだが、ローズが物凄い勢いで首を横に振るのでまぁ気にしないことにする。
「と、とにかく早くユーリたちと合流したいよな!」
「あぁ……早くしないと……妹を助けられなくなる」
”禍憑き”は徐々に進行していく病らしい。その不明な病魔は徐々に命を蝕み奪う。
「妹があとどれくらい持つのかはわからないけど、せめてお前たちに希望を託したい……間に合わないことだけは……」
「……そうだな。早く行こう」
真剣な表情で切実さを訴えたジュラードに、ローズも表情を引き締めて強く頷いた。きっと今のこの力無い自分でも、彼の為に何かが出来るはずだと信じながら。