浄化 37
イリスは唐突に自分たちの事情と目的を店主に説明し始める。ジュラードはイリスのこの行動に驚いたが、しかし何か考えがあってのことなのだろうと一先ず見守った。
「孤児院の周辺では異常なマナが増えてさ、その影響なのか今までリ・ディールでは見たことなかった魔物が出没するようになっちゃったんだ。今のままだと子どもたちが危険なわけだけど、そうすぐに孤児院の引っ越しが出来るわけでもなく……だからとりあえず周辺に巣食う危険な魔物を退治するってことになってね」
「ほー、そりゃ大変だな。でもなぁ……そう突然言われても」
店主は当然というか、やはりまた乗り気ではない反応を示す。そして二人のやり取りを見ていたユーリは「んな怪しいおっさんに頼まなくても……」と小さく呟いた。
「怪しいおっさんってなんだよ」
「いや失礼、つい正直な意見が口を出てしまって……つーか俺さぁ、この前もなんか知らんおっさんと協力することになったんだけど」
失礼過ぎることを平然と口にするユーリは、「またおっさんなの? 俺は協力してもらうなら可愛い女の子がいいんだけど」と言った。
「その発言を後であんたの奥さんに報告すればいいのかな」
「ぎゃああぁあぁヤメロ! 嘘ウソ、アーリィちゃんには言わないで!」
イリスが冷めた表情で恐ろしい報告の予告をすると、ユーリは大慌てで「可愛い女の子よりもおっさんと協力して頑張りたいです!」と、自分の発言を訂正した。その訂正もどうかと思うが。
イリスは苦い顔でユーリを見る店主にこう声をかける。
「ええと、ユーリのアホはほっといていいよ。それよりどう? 手伝ってくれない?」
イリスが再度そう問うと、彼に視線を戻した店主は小さく首を横に振った。
「いや、悪いが面倒なことは遠慮願いたい。俺には店があるし、そもそもそこまでお前らに付き合う義理はねぇ」
店主のその反応は、話を聞いていたジュラードが予想していた通りのものであった。自分だって突然そんな頼みをされても、ほぼ他人である者たちに手を貸すのは戸惑われる。
しかしイリスはなぜか薄く笑み、店主へとこう話を進めた。
「意外だね、断るなんて」
「意外? 引き受ける方が意外じゃねぇか?」
眉を潜めて問い返す店主に、イリスは心の内を探るような眼差しを向けた。
「あなたはエンセプトでしょう? 私が知ってる彼らは、その内に凄まじい狂暴性を秘めていたよ。たぶん、だけど……ドラゴンとの融合種であるエンセプトは、魔族とは比べ物にならないほどの破壊衝動を内に秘めている。そしてその衝動は本能であるから、抑えることが難しいはず」
イリスはなにか試すような眼差しで店主を鋭く見据え、そして彼は包帯の巻かれた自身の右手の指先で店主の胸辺りを指さした。
「異形の化け物退治って、その衝動を解消するのに丁度いいと思うのだけどね。今回相手するのは異常なマナで変異した凶悪種だし」
「……なるほどな」
イリスが交渉材料としてきたものを理解し、店主は喉の奥で小さく笑う。そして彼はこう続けた。
「確かにお前の言う通りではある。俺たちエンセプトの内に抱える破壊の衝動は強烈でな、それに抗うのは難しい……いや、無理って言いきっちまってもいいな。呪いみたいなもんで、時々全てをぶっ壊したくなる」
しかしそこまでイリスの言葉を肯定したあと、店主はこうも続けた。
「だが生憎俺は適度にストレス発散出来てるんでな。別に今は魔物退治で発散したくなるほど溜まっちゃいねぇよ」
「そう? 見た目に似合わず淡泊なのかな?」
「ソッチの方は少しご無沙汰だから、その誘いだったら喜んで引き受けたんだがな」
店主は言いながら手を伸ばし、指先の鋭い鉤爪でイリスの顎に触れる。顎を持ち上げられ、深く被ったフードの下で店主と目が合うと、イリスは魔性の瞳をやや不機嫌そうに細めた。
イリスが無言で男の手を払うと、直後に背後で今まで大人しく話を聞いているだけだったラプラが、鬼のような形相で店主を睨みつけて叫ぶ。
「ちょっと、なに勝手に私のイリスに触ってるんですか!」
「おっと、わりぃ。飼い慣らされた夢魔とか珍しいなーと思ってな」
店主は反省していない様子で笑いながらそうラプラに返し、そして改めてイリスにこう言った。
「魔物にしては随分と賢くて知恵が回るようだが、その程度じゃ俺の心は操れねぇよ。交渉なんてまどろっこしい人真似じゃなく、得意の誘惑で誘ってくれたらのってやるぜ」
店主はそう言ってから「じゃ、転送な」と、早々にこの話を切り上げようとする。そうして店主はジュラードに視線を向け、彼に声をかけようとした。しかしそれより先にイリスが再度口を開く。
「そう、じゃあ……彼の願いだったら聞いてくれる?」
「ん?」
イリスはフードの下で薄く唇を笑みに歪める。彼は「そこの彼の頼みだったら」と店主に言い、ジュラードに視線を向けた。
「え? お、俺?!」
イリスの視線を受けて、ジュラードは思わず困惑した声を上げる。店主も「はぁ?」と怪訝な顔をしてジュラードを見てからイリスに視線を戻した。
「なんで俺がその小僧の頼みなら聞くってんだよ」
店主の問いにイリスは小さく笑ったまま、「なんとなくそう思ったから」と答える。その言葉に店主ではなくジュラードが「何で?!」と思わず声を上げた。
しかし次の瞬間店主は表情を消して、何か考えるように沈黙する。ジュラードが困惑したまま店主とイリスを交互に見ていると、難しい表情で何かを考えていた様子の店主がおもむろに口を開いた。
「……そうか、孤児院ってのはたしかそいつの……」
「そう。彼の暮らしている孤児院だよ。だから魔物を退治しないと困るんだよね、彼」
イリスがなぜ自分を話の引き合いに出しているのかと、ジュラードがそれを理解できぬまま、店主とイリスの間でなぜか話が進んでいく。どうすればいいのかとジュラードがなんとなくユーリに視線を向けると、彼は興味無さそうな様子で傍の椅子に腰かけてあくびをしていた。




