浄化 36
「あのー、昨日はお世話になりましたー!」
ジュラードは嫌がるユーリとイリスを押し込みながら、彼らと共に開店前の店へと足を踏み入れる。暗い店内は静かで直ぐには反応が無かったので、ジュラードはもう一度「すみませんー!」と声を上げた。
するとしばらくして「うるせーなぁ」と文句を言いながら、昨日の店主が店の奥から姿を現す。
「ウワー、出た! 悪魔!」
店主が頭を掻きながら姿を現すと、ユーリが男を指さしてそんなことを言う。店主は「指をさすな、失礼だぞ」とユーリに返し、そして突如やってきた四人の姿をまじまじ眺めた。
「今日は臨時休業……って、そういやなんか約束してたな」
四人を見て彼らの訪問の理由を思い出し、店主はそう独り言のように呟く。ジュラードは「え、もしかして忘れてた?」とちょっと不安げに言った。
「あぁ、いや……思い出したから問題ねぇだろ」
「少し問題あるが……ま、まぁいいや、よろしくお願いします」
不安げな表情を変えずにジュラードがそう店主へ言うと、彼に抱えられたうさこが「きゅっきゅ~!」と元気よく鳴く。そのうさこの声に対してかジュラードに対してかは不明だが、店主は「おぉ、任せろ」と笑いながら返した。
「え、しっかしおっさん本当に魔族なん?」
ユーリが疑わしげな視線を向けて店主をじろじろと観察すると、店主は分厚い自分の胸板を大きな拳で軽く叩いて、「魔族だぞ」となぜか自慢げに答える。
「証拠を見せてやろうか?」
「見せてくれるん?」
ユーリが問うと、店主は太い唇を意味ありげに歪めて「特別にな」と返した。そして次の瞬間、大柄な彼の輪郭がノイズが走ったように歪む。その光景に驚いた思わずユーリが「うおっ」と小さく声を上げ、そして一瞬の閃光にジュラードたちが思わず目を閉じると、直後に「ほら」と店主の声が聞こえた。
ジュラードたちが目を開けると、目の前にいた大柄な店主は姿を変えていた。大柄な体躯は変わらないが、浅黒い肌の表面は薄く竜の鱗のようなものが疎らに生えており、その瞳はラプラたちと同様の爬虫類のような細い瞳孔の赤い瞳に変わっている。太い唇からは強靭な牙が僅かに覗き見えていた。
「え、うそっ……あなた、って、もしかして……」
「……驚きましたね、まさかこんなところで会うとは……信じられません……」
店主が正体を現すと、なぜかイリスとラプラがそれぞれにひどく驚いた声を上げる。ユーリは二人に「なんだよ、知り合いか?」と聞くと、イリスは首を横に振った。
「? じゃあなんだよ、その反応は」
「知り合いじゃないけど……でも、私たちは彼と同じ種族を知っているから。だから驚いただけ」
「魔族だろ? そりゃ同じ種族なんざ散々見てるだろうに。つーかそこにもいるし」
ユーリはラプラを顎で示すが、イリスは再び首を横に振る。
「いや、彼は正確には魔族じゃない」
イリスはそう言い、彼は顔を隠したフードの下で鋭い眼差しをユーリへと向ける。そうして疑問の表情で自分を見返すユーリにこう告げた。
「あんただって知ってるはず。……彼、エンセプトだよ」
「えんせ、ぷ……」
どこかで聞いたような単語だと思いつつ、ユーリが記憶を辿る。しかし彼が「えーっと、それは、あー……」などと言ってなかなか思い出さないので、イリスは深いため息を吐いて先に答えを彼へ教えた。
「あんたもエレで会ったことあるでしょ? 魔石を守っていた守り人たち!」
「……あー、あれか!」
イリスの言葉でやっと思い出したらしく、ユーリは「え、おっさんあのエンセプト?!」とワンテンポ遅れて驚く反応を示す。そして驚いたのはユーリだけじゃなく、店主もまた「知ってるのか」と驚く反応を返した。
「俺の正体を正しく知ってるなんてな。ますます何者だって感じだな、お前ら」
ニヤニヤと楽しそうに笑う店主に、イリスは「それはこっちのセリフだよ」と返す。
「エンセプトって確か、自由に出歩けるような種族じゃなかったと思うんだけど。まして、こっちの……リ・ディールに来てるんなんて信じられない」
「まぁな。ま、そこは詳しく詮索しないでくれ」
イェスト・ザードという檻の中でしか生きられない強靭な力を持つエンセプトのことを思い出し、イリスは「本当に何者?」と男へ問う。しかし男は説明する気が無いのかはぐらかすように笑い、そしてイリスへこう返した。
「だから詮索はするな。俺だってお前のことは正直疑問だが、何も聞かないだろう」
「え?」
怪訝な眼差しを向けたイリスに店主は笑みを浮かべたまま、小声で「鎖付きの魔物なんて、お前こそどういう存在だよ」と言った。彼はイリスを見たまま、その後ろに立つラプラも視界の端に捉える。ラプラは一瞬不愉快そうに眼差しを細めたが、何も言葉を発することはなかった。
一方でイリスも男の言葉の意味を即座に理解し表情を険しく変えたが、すぐに冷静になった彼は深呼吸のように深く息を吐く。そして「そうだね」と小さく呟いた。
「お互い詮索は無しだね……まぁ、今回はなんで力を貸してくれるのかわからないけどさ、協力してもらえるならその……よろしく」
イリスが店主へとそう言った直後に、話が理解できていなかったジュラードが「あの、先生」と遠慮がちに声をかける。イリスは彼に視線を向け、そしてジュラードの戸惑う表情から声をかけられた理由を察して微笑んだ。
「あ、ごめんねジュラード。なんのことかわからなかったよね」
「はい、正直……えと、彼は魔族ではないのですか?」
問いながらジュラードが店主へ視線を向けると、イリスが答えるより先に店主が「ちょーっとだけ違うって話をしてたんだよ」と答える。
「え、そうなんですか……俺には魔族にしか見えないけれども……」
「そう大きく違うわけじゃねぇからな」
ジュラードの呟きに店主がそう言葉を返すと、それを聞いたイリス、ユーリ、ラプラは内心で『全然違うだろう』とツッコみを入れた。見た目はともかく、エンセプトの強さは規格外だ。それこそヒューマンよりもよっぽど強力な力を持つ魔族でさえ、彼らの力を恐れて閉ざされた地に閉じ込めてしまうくらいに。
「……あ、いいこと思いついた」
何か思いついたらしいイリスが、ふとそんなことを言い出す。それを聞き、ユーリは「なんだ、いつもの悪知恵を思いついたか」と言ったが、イリスはそれを無視して店主へと話しかけた。
「ねぇ、協力してくれるのは転送だけ?」
「あぁ」
店主が短くそう返事すると、イリスは「ついでに魔物退治も手伝ってくれないかな?」と図々しくお願いする。その言葉に店主は少し驚いた表情を見せた。
「魔物退治?」
「私たち、それをしに孤児院に戻る予定なんだよね」




