浄化 35
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中央医学学会に向かうローズたちや、別行動を選択したエルミラ、アゲハと別れたジュラードは、魔物退治で孤児院に戻ることになったユーリ、イリス、ラプラと共に昨夜の店主に会いに、彼の店へと向かっていた。勿論手にはうさこを抱えて、だ。
(リリン……大丈夫だろうか……)
あともう少し……本当にあと少しで、不治の病と思われていた妹の病を治すことが出来る。ここまで長かったような、案外そうでないような……そんな複雑な思いは焦る気持ちと共に表情に出ていたらしく、手に持ったうさこが彼を見上げて「きゅう?」と心配した声を上げる。ジュラードはうさこに視線を落とし、「あぁ、すまん」とうさこに言った。
「妹のことを考えていただけだ」
「きゅっきゅ~」
うさこが納得したように返事をすると、後ろからユーリが「リリンちゃんのことか?」と声をかける。
「あぁ……無事でいるかと、そう考えていた」
先導するように一番先を歩くジュラードがわずかに振り返り、ユーリにそう言葉を返す。ユーリは体調悪そうに額を手で押さえていたが、不安げな表情を浮かべるジュラードに笑みを向けた。
「んな顔すんなよ。大丈夫だって」
「……だといいと、いつもそう願っている」
苦い笑顔をユーリへと返し、ジュラードはそう言葉を返す。
「こうして旅を初めてから、ほとんど会ってないし……今は問題ない土地に避難しているとはいえ、やっぱり心配にはなるだろう」
「まぁな……」
ユーリ自身も、血がつながっていたわけではないが”妹”の無事を願いつつも、彼女に会えない日々を送っていたことがある。だからジュラードの心配は、今共に行動する者たちの中で、おそらく一番理解できると思う。
「……まぁ、でも……もうすぐ薬が出来るんだ。そうしたらすぐにリリンちゃんを迎えに行ってやろうぜ」
「あぁ……」
ユーリの言葉に返事をしながらも、やはり不安げな表情を変えないジュラードに、ユーリは苦笑して「だからその顔やめろよ」と言う。
「すげー辛気臭ぇ顔してるぞ、お前」
「そ、そんなこと言われても……」
「お前はさぁ、後ろ向きに考えすぎなんじゃね? もっと前向きに考えろよ」
ユーリはそう言うと、ふと思いついたようにこう言葉を続ける。
「たとえばさ、リリンちゃんが治ったらお前は兄として何してあげるんだ?」
「え? え、ええと……」
ユーリに問われて、ジュラードは少し考える。話を聞いていたイリスも「あ、それいいね、聞きたい」と声を上げ、ジュラードは真剣に悩んだ。
「な、なにをしてやるか……兄として……」
思い出せば、リリンといくつか約束はした。共に遊ぶこととか、傍にいることとか。
するとそういえば今までの自分は兄として、妹のそんな簡単な願いも叶えていなかったんだなと気づかされる。
「え、っと……とりあえず一緒に遊ぶ、とか……する予定だ」
口に出してみると何か普通過ぎるというか、呆れられそうな返事だなとジュラードは思う。最悪笑われそうだなと、そんなことを覚悟したジュラードだが、意外にもユーリは「あぁ、いいじゃん」と肯定的な意味で笑みを浮かべた。
「……いいのか?」
「え、なんでそんな疑問な顔で俺に聞くの?」
予想外の反応だったことに驚いてジュラードが問い返すと、ユーリは「ハチャメチャに遊んでやれよ、兄貴」と彼に返す。そして彼はイリスに「遊んでなかったんか、こいつ」と聞いた。
「あー……うん。確かにジュラードってあまり遊ぶとかしてなかったよね。手伝いはいっぱいしてくれてありがたかったけどさ。リリン、私にこっそり『お兄ちゃんと遊びたいな』ってよく言ってたよ」
「うっ……」
イリスに指摘され、ジュラードもそれを自覚していたとはいえ、ちょっとショックを受ける。人づきあいが苦手という理由もあるが、過去の自分は良かれと思って孤児院の手伝いを中心にしていた。しかしそのせいで妹は寂しい思いをしていたと知ったのはつい最近だ。
「こ、これからは遊ぶ! ……と、思います……前向きに検討する予定です……」
ジュラードのぎこちない決意を聞き、イリスはおかしそうに笑う。ユーリも「なんだそりゃ」と呆れ交じりに笑った。
「まぁ、ジュラードも17歳って微妙な年ごろだし、小さい子どもみたいに遊ぶのは恥ずかしいって気持ちもあるとは思ってるけどさ……でも、リリンはもちろんだけど、今後はギースたちともいっぱい遊んであげてね。それが一番うれしい『お手伝い』だよ」
イリスが優しくそう言うと、ジュラードは頼りなく笑って「わ、わかりました……」と返事をする。そんなジュラードの態度に、ユーリは意地悪く笑んだ表情で「大丈夫かね、兄貴」とからかう言葉を向けた。
「だ、大丈夫だ! 問題ない、全力で遊んでやる……!」
「決意の方向が何かおかしい気がするけど……あぁ、お店に着いたよ」
ジュラードの謎決意に笑いながら、イリスがそう声をかける。気づけば四人は昨夜の悪夢が繰り広げられた……いや、美味しく食事をした焼き肉店の近くまで来ていた。
「こ、ここが……俺が薬漬けにされて醜態を晒すという失態を犯した呪いの館か。またここに足を運ぶ羽目になるとは」
ユーリが店を正面に見据えて妙なことを言うので、ジュラードは一応「何を言ってるんだ」とツッコみを入れておく。イリスも「あんたはいいじゃん、美味しいものいっぱい食べたんだし」と、虚ろな目をして店を見ながら言った。
「私なんてろくに食べてない上に、ただただ地獄を経験しただけなんだけど。……あれ? 怖くてこれ以上足が進まない……」
「俺も……ちょっとジュラードとラプラでクスリ大好きな悪魔みたいなおっさんを呼んできてくれ」
「二人とも、そこまでトラウマに……っ!」
店を前にしただけで死にそうな顔に変わったユーリとイリスに、ジュラードは「しっかりしてくれ!」と声をかける。しかし二人は呆然と立ち尽くすだけで動かないので、ジュラードは「いいから、行くぞ!」とユーリとイリスの背中を無理やり押した。
「やぁああぁああ!」
「やめろおおおぉぉ!」
悲鳴を上げて抵抗する二人を無理やり店に押し込みつつ、ジュラードは「すみませんー!」と言いながら開店前の店へと入っていく。そんな彼らの後ろ姿を眺めつつ、ラプラも小さく笑って店へと足を踏み入れた。