浄化 34
アゲハの頼もしい返事を聞いて、ジュラードは「そうか」と短く返事を返す。その表情は穏やかな笑顔だった。
「ところでエルミラ、お前本当にレイチェルたちのところにはまだ戻らなくていいのか?」
アゲハとジュラードのやり取りを見ていたローズが、ふとエルミラへと視線を向けてそう問う。するとエルミラは「あ、うん、多分大丈夫~」といつも通り適当な返事を返した。
「たぶん、大丈夫って……」
「まぁまぁ、レイチェルたちは相変わらずユーリたちの店番してんだろ? なら別にオレがいてもなくても大丈夫でしょ~」
エルミラはそう答えた後、ちょっと悲しそうな様子で「むしろオレ、邪魔者扱いされるんだもんっ」と呟く。ローズは彼の店での接客等を思い出し、「確かに」と思わず口にしてしまい、慌てて自分の口を塞いだ。
「ローズまでひでぇ!」
「あ、悪い、つい正直なことを言ってしまって……」
フォローになってないローズのフォローにエルミラは不貞腐れた様子で「どうせオレはお店に向いてないですよー」と言った。
「オレの得意分野は研究なの。そっちでオレを求めている人がいる限り、飽きるまではお手伝いしますよ~」
「飽きるまでなのか……まぁ、フェリードにたくさん迷惑かけた分、手伝い頑張ってくれ」
ローズはそう苦笑いと共にエルミラに告げ、そんな彼女に死にそうな顔色のユーリが声をかけた。
「あのさ、俺らは魔物退治っつったけど……俺、この具合の悪さで孤児院まで移動できる自信ないですよ、ローズさん。マジ無理、ムリムリ」
「ローズさんってなんだよ。……そのことに関してはだが、実は……」
ユーリが切望的な状況を訴えると、ローズは彼に昨夜焼肉屋の店主と交わした約束についてを、ユーリを含めた昨夜の記憶が無い者たちに説明をした。
そして彼女から説明を聞き終えると、店主が魔族だと思っていなかったユーリたちが一様に驚きの反応を示す。ただ一人ウネだけは予想はしてたらしく「やっぱり魔族だったのね」と一言呟いていた。
「おかしいと思ったの。あのお酒を用意して、そしてあれを飲んでいるのだから……もしかしたら、そうだろうとは思ったけども」
「つーかよぉ、俺ら昨日一体なにを飲んだの? あれは本当に酒なんか?」
ユーリがふと疑問に思ったことをそう問うと、ウネは無言で気まずい表情と共に彼を見返す。その反応に、ユーリは「やめろ、そんな恐怖の反応を返すなよ」と怯えた。
「俺は一体なにを飲んだんだ~! あれ絶対フツーの酒じゃねぇだろー!」
「ううぅ、私も怖くなってきた……」
記憶がぶっ飛んで人格までおかしくなった”何か”の飲み物に対して、イリスも不安と恐怖の入り混じる表情を浮かべる。するとラプラが小声で「ええと……ちょっとした、危険な薬みたいものでしょうか」と呟く。その瞬間、いろいろ察したユーリとイリスは背筋がぞっとするのを感じた。
「え、それってあの、ヤバイおくすり的な……?」
「大丈夫ですよ、我が国では合法な薬ですから」
「おめぇの国で合法でも何の安心材料にもならねぇよ、ふざけんな」
「つまり私たち、薬でトリップしてた状態ってこと? ……うぅ、違法薬物には手を出さないって決めてたのに……どんどん清らかな体じゃなくなっていくぅ……」
ユーリはラプラに文句を返し、イリスはフードの下で悲しそうな表情となり嘆く。二人をそんなことにしてしまったローズは少し責任を感じ、「す、すまない」と思わず謝った。
「その、仕方なかったとはいえお前たちをますますキズモノにしてしまって……」
「ますますってなんだよ。俺はキズモノになってねぇよ、ローズ」
「ユーリ、あんたこそ私はキズモノみたいに言わないでくれるかな」
「やめろ、俺に話しかけんな、傷アリ中古品。お前と同じだってローズに勘違いされると困るだろ」
「てめぇも十分傷アリの中古品だろ、クソガキ」
「はぁ?! 俺のどこが中古だ、死ねっ」
突等にまたユーリとイリスが言い合いを始める。その様子を見て、マヤは「あれだけ元気なら、彼らも行動出来るわね」ともっともなことを言った。
「……ええと、とにかく移動は店主さんが手助けしてくれることになってるから、この後ジュラードはユーリたちを連れて昨日の焼肉屋に行ってくれ」
言い争ってて聞いてないユーリに説明は諦め、ローズはそうジュラードに告げる。ジュラードは「わかった」と頷いた。
「お前たちはウネが転送してくれる、予定だよな」
ジュラードはそう言ってから、少し心配した表情でウネに視線を向ける。ジュラードの視線に気づいたらしいウネは顔を上げて、「任せて」といつも通り頼もしい返事を返した。しかし。
「本当に大丈夫か? ユーリたちほどではないが、あんたも体調悪そうだが……」
「えぇ、確かに少し頭が痛いけれども……でも、私は私に求められていることはしっかりやり遂げるつもりよ」
体調が悪かろうといつも変わらず頼もしい返事を返すウネに、ジュラードはもはや関心を通り越して少し呆れる。彼は「本当に無理だけはしないほうがいいぞ」と、彼女を気遣う言葉を向けた。
「ううぅ、ウネには毎度無理してもらって、本当にすまない……!」
「だ、だから大丈夫よ。……えぇ、問題ないわ。転送場所はエルド国のサファランだったかしら?」
「え、そんなところに医学会は無いぞ?! それどこ?!」
「そうだったかしら? ……あぁ、そこはおいしいサラマンダー焼きが食べれるお店があったところだったわ」
ウネは「医学会のあった場所はレイマーニャ国のクノー、おいしいサンドワーム焼きよね」と、真顔でそう訂正する。その彼女の様子に、ローズはちょっとだけ転送が心配になった。
「やっぱりちょっとウネもおかしいかもしれないぞ、マヤ……」
「うーん、彼女って感情や考えがあまり態度に出ないから、あれがおかしいのか平常なのか判断が難しいのよね……」
心配するローズに声をかけられ、マヤも同じく少々不安といった表情を見せる。しかし、とりあえずはウネを信じて転送してもらうしかなかった。