浄化 33
恐怖の酒対決から一夜明け、ローズたちは昼近く頃に宿から移動して、エルミラたちがいる研究所へと集合していた。
本来ならば朝早くから集合して次の行動に向けて動く予定であったが、なぜ昼近くの時間になったかと言えば、それはやはり前日の酒対決が原因だった。
「ううぅ……あったま痛ぇ……おぇっ……」
顔色悪くそう呟いたユーリは、集合した研究所の一室、その隅でしゃがみ込んで「吐きそう」と呟く。自身の人相の悪さを隠す眼鏡がずり落ちていたが、それを直す余裕もないほどにグロッキー状態の彼の隣では、頭から大きめのフードを被ったこの人が仲良くしゃがんで呻いていた。
「こ、これが二日酔いってやつ……? 尋常じゃなく、具合が、悪い……うっ……!」
ユーリ同様に謎酒による二日酔いに苦しむイリスが、口元を抑えて苦痛に耐える。泥酔状態からは回復して正気を取り戻した二人だったが、今は強烈な二日酔いに襲われて苦しんでいるらしい。
そして二人ほどはひどくなさそうではあるが、ウネも冴えない表情で椅子に座って大人しくしている。おそらく彼女も具合が良くないのだろう。
一方でラプラはイリスの傍で「大丈夫でしょうか?」と心配そうに彼に声をかけていたが、本人の体調は問題なさそうであった。そして酒対決に挑んだ残りの一人であるアーリィはというと、こちらも一晩寝たらいつも通り元気に回復したらしく、今はユーリの傍で彼を心配している。
「ユーリ、大丈夫? これ食べたら元気でるよ?」
「おおぉ、アーリィちゃん……気遣ってくれてありがとう……でも悪い、俺がそれ食ったらもっと症状が悪化する未来しか見えねぇな……それは優しくてかわいいアーリィちゃんがお食べなさい……」
アーリィから差し出されたチョコレートを丁寧に断り、ユーリは「この状態で旅するんか、俺ら」と絶望した表情で呟く。イリスも似たような表情で項垂れ、「無理、しぬ」と弱音を吐いた。
「二人は大丈夫なのだろうか」
出発を遅らせるほどにヤバイ状態のユーリとイリスを見て、ジュラードも不安げな表情を浮かべる。彼の頭の上ではうさこが「きゅうぅ」と同じく心配する声を上げた。
「どうかしらね。イリスは変身もまともにできてないみたいだし、この後トラブルが起きないといいけど」
あまりの体調の悪さに変身がまともに出来ず、仕方なく角隠しのためにフードで頭を覆っているイリスを見て、マヤが冷ややかな様子でコメントする。その言葉を聞いたローズは昨夜を思い出し、正気を失った彼が変身を解いて魔物化する、なんてことが起きなくて本当によかったと改めて思った。
「ええと、あの……昨日の夜の記憶が途中から無いのだけど、無事に誰か勝利したのかしら?」
ウネが頭痛のする頭を押さえながらそう近くにいたアゲハに問うと、アゲハはいつも通りの元気さで「はい、アーリィさんが見事に!」と答える。ウネはそれを聞いて素直に喜んだが、アゲハの大声がズキズキと頭に響くらしく、辛そうな表情を浮かべて「それはよかったわ」と言った。
「きおく……恐ろしことに、俺も昨日の記憶がねぇんだが……俺は一体なにを……?」
「わ、私も……いや、うっすらとは覚えてるんだけど、何か思い出すのを本能が拒否するというか……」
ウネの言葉を聞いて、二日酔い以外の理由で顔色が悪くなっているユーリとイリスが各々呟く。それに対してエルミラが憐みの目を向けて「思い出したら衝動的に自殺したくなるかもしれないから、思い出さない方がいいと思うよ」と言い、それを聞いた二人は自分たちが何をしでかしたのかを察した。
「大丈夫だよユーリ! ユーリはなんか小人の幻影に裁判されてるとかって、ずっと妙な譫言を言ってひたすら泣いていただけだから!」
「あぁ、アーリィちゃん、詳しく説明してくれてありがとう……俺の頭が完全にイカれてた事実を知れてよかったぜ……」
「イリスも私に抱き着いて『大好き』とか『一緒に寝よう』と言っていただけですので全然問題ありません、大丈夫ですよ! ちゃんと望み通り一緒に寝てあげましたし!」
「あっ、うん、エルミラの言う通りだ……しにたい以外の言葉が出てこないね……しにたい……」
エルミラの気遣いを善意でぶち壊すアーリィとラプラに、ユーリとイリスはますます具合悪そうに項垂れる。そんな彼らを見て、ジュラードはただただ『可哀想』という感想しか出てこなかった。
「え、ええと……気を取り直して、今後の行動を確認しような!」
どんより暗い雰囲気を打ち消そうと、ローズがそう明るく皆に呼びかける。しかし元気に返事を返したのは「ハイ!」というアゲハと、「きゅう!」と鳴いたうさこだけだ。他は具合悪そうな顔をしているか心配そうな顔をしているかで、反応はイマイチだった。
「……まぁ、いいや。この後は私たちは医学会に戻って薬の調合をする、と」
「俺たちは一足先に孤児院に戻って、魔物退治だな」
それぞれローズとジュラードが発言し、続けてエルミラが「オレはここでフェリードのお手伝い~! みんなを手伝えなくてごめんね~!」と手を挙げる。彼に続いてアゲハも、「私もここでいったん皆さんとはお別れですね」と寂しそうに言った。
「でもでも、ヒスさんのところに行ったら、また皆さんのところに戻りたいと思います! 薬を私も受け取りたいのでっ!」
アゲハの発言を聞き、ローズは柔らかく笑って彼女にこう言葉を返す。
「あぁ、そうだな。私たちは薬の調合が出来次第、ジュラードの孤児院に戻る予定だから……」
ローズは「エルミラ、何か書くものは無いか?」とエルミラに声をかけ、「はいはーい」と返事をしたエルミラからメモ用紙とペンを受け取る。ローズは受け取ったそのメモに何かを書いてアゲハに渡した。
「はい、ここに医学会と、あと一応孤児院の住所が書いてある。薬は医学会に行けば受け取れるようにしておくよ」
ローズからメモを受け取り、アゲハは「ありがとうございます!」と返事した。
「孤児院の住所まで……ジュラードさんと、それと今レイリスさんが暮らしている場所なんですよね! わーい!」
アゲハはメモを大事そうに仕舞い、「私、いっぱいお邪魔しに行っちゃうかもしれません!」と言う。それにジュラードは思わず苦笑した。
「あぁ、あんたみたいな元気な人は……そうだな、ギースたちが喜ぶかもしれないし、きっと歓迎されるだろう。あいつらの全力の遊びに付き合わされるだろうけどな」
「大丈夫、任せてっ! 私、体力には自信があるから!」