浄化 31
まさか魔族であった店主との酒飲み対決は、ローズが胃を痛めながらハラハラと見守る中でその後も進んでいく。
挑戦者たちが尽く脱落する中で、唯一顔色一つ変えずに飲み続けるアーリィがアルコールには怖いくらいに強いことが改めてわかったが、しかしそれでもアンゲリクスの生態は設計者であるマヤでも謎の部分が多いので、いつ突然ダウンしてしまうのかという不安がある。また、仮にこのまま酔うことなく順調に飲み続けられても、そもそもアーリィがお腹いっぱいになって『もう飲めない』と言い出す可能性もあるわけで。
「……うぅ、アーリィ頑張ってくれ……勝ったらなんでもほしいもの買ってやるから~」
祈るようにそう呟いたローズに、ジュラードが「そんなこと言っていいのか?」と心配した声を向ける。
「彼女のことだし、モロが一頭欲しいとか言い出すかもしれないぞ」
「……勝ったら甘いものを買ってあげる、に訂正する」
ローズはそうジュラードに言葉を返し、そしてアーリィにこう声援を送った。
「アーリィ、勝ったら甘いものいっぱい買ってやるから頑張ってくれ!」
「え、ホント?」
ローズの声援を聞いてアーリィの表情が期待に輝く。彼女は「スイーツバイキングに行きたい!」とローズに要求し、ローズは「勝ったら好きなだけ連れてってやる」と力強く返事を返した。それを聞き、アーリィの表情が真剣なものへと変わる。
「……絶対に勝つ!」
「おおぉ、やっぱりアーリィは頼りになる……」
アーリィが勝利に対して決意を新たにすると、ローズは救世主を見るような目で彼女を見た。
「さ、次のお酒ちょうだい! はやく! スイーツバイキングが私を待ってるんだから!」
「……いいだろう」
アーリィの力強い要求に店主は次の酒をジョッキに用意し、互いの前へと置いた。
そして……――
「くっくっく……すげぇなあんた……くそ、これは俺の負けだ……」
謎酒八杯目を飲み切ったところで店主の男がそう言いながらテーブルに突っ伏す。アーリィは涼しげな顔で空になったジョッキをテーブルに置き、テーブルに突っ伏した店主を見つつ「私の勝ち?」と首を傾げた。
「あぁ、あんたの勝ちだ、お嬢ちゃん……」
「やったあぁああー!」
わずかに上体を起こした店主が負けを認めると、大声で喜びを叫んだのはローズだ。彼女は自分が勝負をしていたわけではないのに、まるで自分が勝ったかのような勢いで「本当に良かった!」と喜ぶ。これで自分は恐ろしい会計をしなくて済むと、彼女は安堵から少し涙を流した。そんな彼女を横目で見て、ジュラードは一瞬『大げさだな』と思ったが、しかし恐ろしい会計金額になってたのは間違いないので、ローズの気持ちもわからなくもなかったり。
「ローズ、私勝ったから! 約束、忘れないように!」
「あぁ、勿論忘れない!」
ローズのその返事を聞いた次の瞬間、アーリィは「よかった……」と呟いてその場に突っ伏す。
「え、アーリィ……?」
予想外のアーリィの様子にローズが慌てて彼女に駆け寄ると、アーリィは静かな寝息を立てて寝ているようだった。
「こ、これだ一体どういうことだ……?」
困惑するローズに、マヤがアーリィの様子を観察しながらこう言葉を返す。
「うーん……平気そうな顔して飲んでいたけど、実は全く平気というわけでもなかったのかも」
謎酒はまさかのアンゲリクスにも影響を与えるほどのヤバイものだったのだろうか。勝利を聞いて寝てしまったアーリィを観察し、マヤはそんな意見を口にする。
しかしただ寝ているだけで、アーリィに何か深刻なダメージがあるような様子はなかったので、マヤは安堵の息を吐きつつ「寝かしておきましょう」と言った。
「あ、あぁ……しかし、これは、この勝負は……」
アーリィが寝てしまったので、まさか勝負の勝敗が覆るなんてことは……と心配するローズに、彼女の視線を受けた店主は「いや、俺の負けでいい」と返す。
「一度認めた負けだからな。しかし……本当にすげぇな、ナニモンだその嬢ちゃんは」
寝てしまったアーリィを指してそう問う店主に、ローズは「ただの無類の甘いもの好きです」と答える。彼女の説明にマヤは「間違ってないわね」と納得した表情で頷いた。
「そうかよ……魔族ってわけじゃなさそうだが……」
「あ、魔族といえばおっちゃんが魔族だったなんて驚きなんだけど!」
店主の呟きを聞いてエルミラがそう彼に声をかけると、店主は意味深に笑って「別に言う必要はねぇだろ」と彼に返す。
「それにヒューマンのふりしといた方が楽だからな」
「それはそうだけどさー、オレとおっちゃんの仲なら話してくれてもよかったじゃんー!」
店主に近づいてバシバシその大きな背中を叩きながら、エルミラは口を尖らせてそう言う。そんな彼に店主は「お前こそ魔族の知り合い二人も連れてきやがって、驚いたぞ」と返した。
「どういう知り合いだよ」
「あー、えっとねー……オレもなんと説明したらいいのか……」
エルミラは今も完全にダウンしているウネと、酔っ払いイリスに絡まれてデレデレしているラプラを交互に見遣り、「昔の知り合い?」と店主に説明する。
「ふーん……お前、エレに行ったことあるのか?」
「オレは無いけど、オレ以外で行ったことある人はこの場に多いよ」
店主の問いにエルミラは答え、「彼女とか、おっちゃんに勝った彼女とか、そこで泣いてるメンタルヤバイ人とか、あとそこでイチャイチャしてる変な人とか」と言いながらローズ、アーリィ、ユーリ、イリスを指さした。
「へぇ、そうなのか……懐かしいな、あっちの世界も」
店主の男がそう昔を懐かしむように呟くと、エルミラは「おっちゃん、長くこっちの世界にいるの?」と聞く。店主は頭を掻きながら「そうだな」と頷いた。
「こっちで店をやってて、楽しんでいるからなぁ。それにあっちの世界とこっち側、そう気軽に行き来できるもんでもねぇし」
「あー、まぁ確かにね~」
店主の返事に納得した反応を返したエルミラに、店主は「転送術くらい気軽に行き来出来れば、ちょっと戻る気にもなるんだけどな」と言葉を付け足す。それを聞き、エルミラは驚いたように目を丸くしてこう彼に聞いた。
「おっちゃん、転送術使えるの?!」