浄化 30
酒に強いはずのユーリとイリスをジョッキ一杯で酔わせた恐怖の酒での勝負は、その後二杯目、三杯目と続く。
そしてローズやジュラードたちが物凄く不安そうに見守る中、挑戦者と店主は四杯目を飲み切り……
「くっくっく……がっはっはっはっ! いやぁーお前らすげぇな、おい!」
上機嫌に四杯目の謎酒を一気飲みした店主は、同じペースで飲み続けるアーリィたちを見てそう関心したような言葉を発する。
しかしおいしそうに甘い酒を楽しんでいるアーリィ以外は、四杯目となると相当にきついのか顔色を悪くしていた。
「だ、大丈夫か、ラプラ、ウネ……」
アルコールに強いはずの魔族二人を心配して、ローズがそう声をかける。するとラプラは疲れ切った様子で「えぇ……」と短く返事を返した。幸いなことに、どうやらまだ意識はあるらしい。
「……」
「おい、ウネが言葉を発しないぞ」
一方でウネは無表情にどこか遠くを見つめ、無言になっている。顔色などは普通なのだが、しかし明らかに普通じゃない彼女の様子に気づいたジュラードは、「ウネはもうやめた方がいいんじゃ……」と彼女を止めた。
同じくウネの異変に気づいたラプラが、彼女を心配そうに見ながら声をかける。
「そうですね、ウネはもう飲むのをやめた方がいいでしょう」
「う、うぅ……でも、ラプラ……」
やばそうな雰囲気を発していたウネだが、辛うじてラプラの呼びかけに反応する。しかし辛そうに返事をした彼女はその後、「うぅぅ、頭痛い……」と小さく呻いてその場に突っ伏した。
「あぁ、ウネさんがっ!」
倒れたウネを見て、アゲハが悲鳴のような声をあげる。店主は「お姉ちゃんはよく頑張ったがここまでだな」とウネの健闘を称えつつ、彼女の脱落を宣言した。
「残るはその黒髪の嬢ちゃんと、フードのあんたか」
店主はそれぞれアーリィ、ラプラを眺めて上機嫌に顎鬚を撫でる。相変わらず平然と酒を消費するアーリィは、「早く次のちょうだい」とつまみの肉を食べつつ要求した。
「っ……残念ながら、私もそろそろ危険かもしれませんね」
余裕なアーリィに対して、ラプラはフードの下で眉根を寄せてそう辛そうに呟く。そんな彼の隣では泥酔して狂っているイリスが「らぷらぁ~」と甘えた声は発して、ラプラの首に腕を回してイチャイチャしていた。
「ラプラぁ、すきすきだいしゅき~! だからぁ、おさけちょうだぁ~い!」
「ほら、イリスが私に甘えて『好き』と言う幻覚が見えてきました。なんという幸せ……いえ、私はもうダメです……」
幸せな幻覚を見ていると勘違いして虚ろな目で笑うラプラに、マヤは真顔で「それは現実だけどね」と小さく突っ込む。しかしどちらにせよ限界が近そうな彼も勝負を降りた方が良さそうだと、勝負を見守る者たちは思った。
「ということは、残るは俺と嬢ちゃんの勝負か! くっくっくっ、ここまでの勝負は初めてで楽しいぜっ!」
五杯目の酒の準備を自らしながら、店主は楽しげにそう言う。するとラプラは「というか、あなた」と突然立ち上がり、目深に被ったフードの下で店主に鋭い視線を向けた。
「ん、どうした?」
ラプラに声をかけられた店主は、やや赤くなった顔でラプラを見返す。ラプラは男に「あなた、ヒューマンではありませんね」と聞いた。
「え?」
ラプラの発言に驚きの声を発したのはジュラードだ。隣でローズも驚愕した表情を浮かべる。ラプラは男を鋭く見据え、言葉を続けた。
「あなたは我々と同じ魔族だ」
「え、おっちゃん魔族なの?!」
一人焼き肉に満足して横になっていたエルミラが、ラプラの指摘に驚いて勢いよく起き上がる。アゲハやフェリードも驚いた表情を浮かべて店主を見ていた。
「なるほど、魔族なら異様なアルコール耐性に納得がいくわね」
ラプラの指摘を聞き、マヤが納得したようにそう言葉を発する。しかしローズは「でも、彼普通の人にしか見えないけど……」と、彼女の呟きに対して驚きを返した。
そしてラプラに『魔族』と指摘された店主はとくに動揺する様子もなく、相変わらず楽しそうな笑みを口元に浮かべている。
「ほぉ……”我々”ってことはだ、つまりお前らもやっぱり魔族ってことか?」
「えぇ、そうです。私と、それと今寝てしまったそこの彼女はあなたの同胞ですよ」
ラプラは机の上でダウンするウネを指さし、同時に自身のフードを外す。彼は爬虫類のような瞳孔の目を意味ありげに細め、「随分とうまくヒューマンに化けているのですね」と店主に言った。
「わ、ラプラ、そんな姿を晒しては……っ」
堂々と魔族であることをばらしたラプラにローズは焦るが、しかしよく考えると酒勝負が始まった時点で、店は自分たちの貸し切り状態に変わっていたので、そんなに問題は無いかとも思い直す。店主が本当に魔族だったら、だが。
すると店主は黒い瞳を意味深に細め、ラプラをまっすぐ見返しながらこう彼に返した。
「だろう? 変身が得意なんだ、俺は」
店主のその言葉を聞き、ジュラードは「ということは、本当に魔族なのか」と驚きの声を発する。店主は「あぁ」と頷き、そして彼はまた豪快な笑みを浮かべた。
「魔族なんて珍しくねぇだろう、別に」
店主はそう言うと「ほら、さっさと勝負の続きだ!」と言って用意した酒を自分とアーリィの前に置く。ラプラはまだ何か言いたそうであったが、しかし一度外したフードを再び目深に被り、勝負を見守るために椅子に腰を下ろした。