浄化 28
ラプラたちの尋常じゃない様子に、イリスは危険を感じてみんなにそれを相談しようとする。しかし彼がそうするより先に、甘いものの誘惑に勝てなかったアーリィがごくごくと勝手に謎酒を飲み始めてしまったので、イリスは相談するタイミングを失った。
「……はぁ。思ったとおり、濃厚な甘さでおいしい……」
甘い匂いが怪しすぎる謎酒を一気飲みしたアーリィは、一人満足そうな顔でそう感想を呟く。アーリィのその様子を見て、ラプラたちの警告に怯えていたイリスは「だ、大丈夫?」と思わずアーリィに聞いた。
「? 何が? すごく甘くてジュースみたいでおいしいけど、コレ」
「……そ、そうなんだ」
アーリィは問いかけるイリスに不思議そうな表情を返すが、特に何か彼女に変わった変化はない。本当にただのお酒、なのだろうか。ラプラとウネは相変わらずヤバイものを見る目で酒を見つめていたが、店主が「もう飲んだのか、じゃあ勝負再開だな」というので、不審を抱くイリスを含めた挑戦者たちは怪しい酒に挑まざるを得なくなった。
「ユーリ、この酒なんかヤバイものかもしれない……」
「んだよイリス、ビビってんのか? ダセェな」
「いや、そうじゃなくて……」
ユーリが酒に口を付ける直前、一応イリスはそう彼に声をかけてみるも、ユーリは「俺に負けるのがこえぇのか?」とイリスを挑発するだけで真面目に話を聞こうとしない。挑発されればイリスも「そんなわけないじゃん!」と返すしかなく、仕方なく「うわ、マジ甘い」と文句を言いながら酒に口を付けたユーリに続いて、彼も怪しい酒を口に含んだ。
ラプラとウネの不安げな雰囲気が勝負を見守る側にも伝わったのか、ローズとジュラードもどこか心配そうな面持ちで謎酒を口に含むユーリたちを見守る。
「うっ……あまっ……」
一口飲んでそう感想を漏らしたイリスだが、しかし無理すれば飲めない甘さではないし、強烈な甘さに消されているだけかもしれないが意外にもそんなにアルコールは感じない。凄まじい甘さのジュースを飲んでいると思えば……と、そんな勢いでイリスは一杯目を飲み切る。
一方でユーリは強烈な甘さがきついらしく、「マズイ……」とまで言っていたが、しかし勝負なのでこちらも我慢して最初の一杯を飲み切った。
「ら、ラプラ……飲むの?」
「仕方ないでしょう……まぁ、私とあなたは大丈夫だと思いたいですが」
気付けば店主も謎酒を一杯飲み切っており、飲んでいないのはラプラとウネだけになる。二人は気になる会話をコソコソとかわし、そして覚悟を決めたように酒に口を付けた。
そうして全員が謎酒の最初の一杯目を飲み切る。ローズは謎酒を飲み切った全員を、相変わらず不安げな表情で観察した。
「えっと、みんな大丈夫か……? 二杯目、用意していい、か?」
ローズがなんとなく恐る恐るというふうにそう声をかけると、最初に一杯目を飲み切ったアーリィが、相変わらずキラキラした眼差しで「飲むから早く」と急かす。
「これ、すっごくおいしい! すごく甘いから、ローズもきっと気に入るよ」
「そうなのか? それは気になるけど、でも私は酒に強くないから……」
「お酒っていうより、ジュースっぽいけど……っていうかアルコール入ってるのかな、コレ」
「え、そうなのか?」
アーリィの言葉に、ちょっと興味がわいたローズが、今自分が持っている謎酒の入ったジョッキに視線を向ける。『ジュースみたいだし、ちょっと一口だけ飲んでみようかな』と思ったローズだが、そんな彼女の様子を察したマヤが「ローズ、あなたは飲むのやめた方がいいわよ」と言う。ローズはマヤを見て、疑問を問うた。
「な、なんでだマヤ」
「いや、なんかユーリたちの様子が……」
マヤが『おかしい』と言い切るよりも先に、ローズがユーリたちに視線を戻す。そして彼女は驚いた様子で目を見開いた。
「うぅ……なんか、急に……虹色の小人が……テーブルの上で踊ってる……」
急に妙な譫言を言い出したのはユーリだ。彼は意識が鮮明だった今までとは打って変わって、突然ぼんやりとした眼差しでジョッキが散らばるテーブルの上を見つめている。その顔色は先ほどよりも赤く、そして明らかに様子がおかしい。
「すげぇ、小人が一匹、二匹、三匹……なんか、めっちゃいる……やべぇ……小人……」
「え、小人……? 私にはお花のよーせーさんが見えるけど……?」
そしておかしなことを言いだしたのはユーリだけじゃなく、あのイリスまでもが急に虚ろな目で「ほら、よーせーさんが歌ってる」とか言い出す。しかも何か彼は楽しげに笑い出した。
「ふふっ……あはははっ……! ヘンなの、よーせーさんが歌ってる……あはははははっ!」
「あ、怖い。レイリスが急に壊れた」
初めて見るイリスの異変に、一人で肉をまだ食べてたエルミラが思わずその手を止めて怯えた表情となる。ローズも「小人とか言ってるユーリも明らかにおかしいぞ」と、謎酒を持つ手を震わせながら呟いた。
ユーリとイリス、二人が明らかにおかしくなった原因はやはり先ほどの謎の酒だろうかと、酒飲み対決を見守る全員がそれを思った。
「うぅ、相変わらずコレは強烈ですね……っ」
「本当にね……一杯で頭が痛くなりそう」
明らかにぶっ壊れた二人に対して、ラプラとウネはまだ正気があるようで、二人で深刻な顔をしながらそんな言葉を交わしあう。そしてラプラは隣で笑っているイリスを心配そうに見遣り、「イリス、大丈夫ですか……」と力なく声をかけた。
「すでに手遅れかもしれませんが……」
「あ、ラプラの周りにもよーせーさんがいっぱいいるー! ふふっ……うふふ、あはははっ! 頭の上で踊っててかわいいー!」
「……完全に手遅れでしたね」
完全に手遅れでイっちゃっているイリスに、ラプラは悲しそうにため息を吐く。しかし次の瞬間イリスは甘えた声で「ねぇねぇ、よーせーさん、さわっていいー?」とか言いながらべたべた自分を触り始めたので、ラプラの態度はまんざらでもない様子へと変わった。
「……なるほど、これはこれでありですね。いいことに気づきました」
「無しよ! ラプラ、しっかりして!」
別の意味で正気を失いかけているラプラに突っ込みを入れ、ウネは「ユーリは大丈夫かしら」とユーリに視線を向ける。すると先ほどまで『小人』とか言っていた彼は、今度は頭を抱えながらなぜか泣いていた。
「う、うぅ……俺はひでぇこといっぱいしてきたのに、なのに今はこんなに幸せで……生きててすみません……」
「ゆ、ユーリ……?」