浄化 26
エルミラの返事にユーリはつまらなそうに口を尖らせる。そしてユーリは気づいていないようだったが、エルミラにさりげなく『バケモノ』扱いされたことに対してイリスやラプラが少し不愉快そうに表情を強張らせる。しかし彼らは何も言わず、とりあえず店主の指示を待った。
「で、おっさん! 飲む酒ってどんなやつだ? 早く教えろよ!」
勝負によりも酒を存分に飲めそうなことにワクワクしているユーリが、テンション高めにそう店主へと向けて問う。彼は今までにすでに散々飲んでいた気がするのだが、それでもまだ飲む気満々な様子だ。そんなユーリの姿を見て、お酒に強くないしそこまで飲まないローズは内心でひたすらに感心した。
そしてユーリに問われた店主は、意味ありげにまた野性的な笑みを見せる。
「よし、ちょっと待ってろ」
そう言って店主は一旦店の奥に引っ込んでいく。そうして次に彼がユーリたちの前に姿を現した時、彼は台車に木樽を積み上げての登場だった。
「まぁ、まずは小手調べにこの麦酒だな。これをどれだけ多く飲めるか勝負だ」
「えー、フツーの麦酒かよ~。まぁいいけど」
普通の酒が出てきてユーリは少しがっかりしたようだったが、しかし店主が運んできた木樽は500リットルサイズが3つだ。このサイズの木樽をたやすく運んで持ってきた店主の怪力も恐ろしいが、これを6人で飲み切る気なのだろうかとローズは心配する。ジュラードも「すごい量を飲む気だな」と不安げな表情で感想を呟いた。
「うわー、ユーリさんたち大丈夫ですかね?」
「大丈夫じゃない? アタシが元の体だったら平気な自信あるし」
ローズたち同様に心配するアゲハの言葉に、マヤが冷ややかな反応でそんな言葉を返す。そんなマヤの言葉を聞き、ジュラードはこの旅で何度目かわからないが、マヤの怖さを改めて知った。
「この勝負ってさ、あなたに勝てばいいんだよね」
イリスがそう確認するように店主へ問うと、店主は太い唇を歪めて笑いながら「そうだな」と頷く。イリスはさらに確認を続けた。
「で、誰か一人でもあなたに勝てばお代はタダになる?」
「あぁ、それでいいぞ」
店主の返答を聞き、ラプラが「随分と自信がおありのようですね」と感想を呟く。すると店主は豪快に笑い、「当然だ」と答えた。
「俺は負けたことがねぇからな」
その圧倒的な自信は一体どこからくるのだろうと、その場の全員が店主を見て思う。疑り深いイリスは店主のあまりの自信に『飲む酒に細工があるのか?』と当初考えたが、しかし店主の自分たちも同じ木樽の酒を飲むようだ。ならば自分が飲む酒だけアルコールの無いものにするなどの細工は出来ないだろう。
「お酒は全員同じ、そこの木樽のものを飲むのね」
マヤもイリスと同じ疑惑を考えていたようで、店主へとそう声をかける。店主は異常に小さいサイズのマヤを見ても何も驚く反応は見せず、「そうだ」とだけ彼女に言葉を返した。
「で、他に質問はねぇか? 無いなら始めるぞ」
店主はそう言いながらジョッキを用意し、「お前ら、手伝え」と近くにいたローズとジュラードに声をかける。二人は不思議そうな顔で立ち上がり、店主は彼らに「俺たちが飲み終わったら、この樽から酒を汲んで酒を追加してくれ」と説明した。
「あ、なるほど。わかった」
店主の説明にローズが頷き、店主は「最初の分は俺が用意する」と言ってテーブルに次々麦酒の入ったジョッキを並べる。それを見てユーリが「おっさん、酒のつまみもほしー」と、勝負とは無関係の要求をした。
「つまみ?」
「おっさんとこの肉がおいしすぎて気に入ったから、もっと食いたい」
「……しょうがねぇなぁ」
ユーリの謎要求を受けて、店主は一旦厨房へと戻る。そして「お、ラッキー」と喜ぶユーリに、ローズが呆れた視線を向けた。
「ユーリ、頼むから真面目にやってくれよな? お前が遠慮なく飲み食いした分のヤバイ会計がかかってるんだから!」
「あー、ダイジョーブ、真面目に飲むって」
ユーリは気楽に笑い、「心配すんなって、ローズ」とローズに告げる。しかしローズはやはり不安らしく、重いため息を吐いた。
「少なくともイリスには勝つから任せろ」
「いや、私があんたに勝つから」
「お前たちは一体なにと戦ってるんだ。何度も言うが、店主に勝ってくれないか?」
勝負事となると毎度競い合うユーリとイリスの二人に、ローズが不安たっぷりに突っ込みを入れたところで、店主が酒のつまみらしい簡単な肉料理を持って戻ってくる。そうして店主がつまみと酒の入ったジョッキを並べると、狭いテーブルがそれだけでいっぱいになった。
「これで準備はいいな」
店主はそう言うと急に真面目な表情となり、挑戦者の五人にこう告げる。
「それで最初に言っておくが、お前らやばくなったら潔く自分の負けを認めるんだぞ。ぶっ倒れて死んでも俺は知らんからな」
店主は顔に似合わず「命は大事にな」と言い、そしてジョッキに手をかける。
「それじゃ……開始だ!」
店主の野太いその声が、これから始まる恐ろしい勝負の開始を告げた。