浄化 23
どうするか、悩むようなニュアンスでつぶやかれたイリスの言葉に、ウネは「選択肢のひとつとして考えておけばいいのでは」と声をかける。
「豊かな生活を送るためにあるべき選択肢は多い方がいいわ」
「……そう、だね」
元々孤児院で生きる子どもたちは、通常のひとよりも選べる選択肢が少ない。ゲシュであるジュラードやリリンは、それが尚更だ。
イリスは「ウィッチのマナを解放したことでゲシュが生きるための選択肢が増えたのなら、それって喜ばしいことだよね」と独り言のように小さく言葉を紡いだ。
イリスたちがジュラードたちの将来についてを真面目に話し合っている一方で、別テーブルで食事するジュラードやローズたちはと言うと……。
「エルミラ、お前高い肉全部食ってるじゃねぇか! ふっざけんな!」
「焼き肉は戦場だよ! つまり早い者勝ちです! 文句は受け付けません!」
「くそっ! 俺が食おうと思って焼いてた肉まで食いやがって……おいおっさん、肉追加っ! このいい肉な!」
「ユーリだって一人でお酒ほとんど飲んじゃってるじゃん! オレの酒無いよ! おっちゃーん、お酒も追加して~!」
食欲と騒がしさが爆発しているユーリとエルミラのやり取りを正面で眺めながら、ジュラードが呆れた表情で「ホント二人はよく食べるな」と呟く。その隣でローズも同感だというふうに頷いた。
「ほとんどユーリとエルミラで食べているよな、肉……おかしい、私はそんなに食べてないのに、目の前に空の皿がこんなにも……」
「本当、ローズはあまり食べてないな。食欲無いのか?」
あまり食が進んでいない様子のローズに気づき、ジュラードが少し心配そうに問う。するとローズは大きくため息を吐き、彼にこう言葉を返した。
「この店の会計がどうなるのか心配で胃が痛いんだよ……」
「あ、ああぁ……」
目の前で高そうな肉と酒をジャンジャン注文する自由な男二人を見て、ジュラードはローズの胃痛を理解する。というか、本当に誰がこの食事の会計をするのだろうか。
「ローズ、悩んでてもしかたない。コレ美味しいから食べるといい」
胃痛で死にそうな顔をしているローズに、アーリィが山盛りの野菜を差し出す。本来は焼く用の野菜なのだろうが、むしゃむしゃとうさぎのようにそれを食べていたアーリィに、ローズは胃痛で虚ろになった眼差しを向けた。
「生野菜……そ、それは焼いて食べるのでは?」
「そう? このままでも美味しいけど」
アーリィは生野菜を食べつつ、うさこ用に用意してもらったフルーツの乗ったお皿を指さして「あっちもおいしいよ」とローズにすすめる。顔はほとんど一緒なのに、食事の仕方も含めて自由で自分とは異なるアーリィは、会計の心配なんて微塵も考えたこと無さそうな人生で羨ましいと、そうローズは変なことを思った。
「あぁ、アーリィはいいな……私も彼女のように、何も心配しない人生を送る人間になりたい……」
「突然何言ってるんだローズ……頭だいじょうぶか?」
「きゅうぅ~」
ジュラードが心配してしまうくらいに少しおかしくなってきたローズの元に、うさこが『元気出して』というようにりんごを持ってやってくる。ローズはとりあえず「ありがとう」とうさこに礼を言って、一口サイズに切られたりんごを受け取った。
「ローズも心配性ねぇ……会計なんてどうにかなるわよ」
「マヤ……会計は会計だ。恐ろしい金額になったとしても、どうにもならんぞ」
テーブルの上に腰掛けて呆れた様子で自分を見上げるマヤに、たぶん自分が払うことになるだろうなと予感しているローズは「本当に恐ろしい」と頭を抱えて訴えた。
「そんなに会計金額が怖いなら、あの二人を止めればいいのに」
ジュラードがそう突っ込みを入れると、ローズはちらりと二人の様子を見遣る。ローズの視線の先で、二人は心から楽しそうに食事を楽しんでいた。
「エルミラ、マジうめ~な、ここの肉! 酒もいいもんそろっててサイコーだし!」
「でしょう! オレもさ、この街でいろんなゴハン食べたけどここが一番だと思う! おっちゃんやさしーし!」
「エルミラ、いい店紹介してくれてサンキュー!」
「いや~気に入ってもらえるとオレも嬉しいよ~。じゃあ景気づけにこっちのお肉も焼いちゃお~」
「いいね、まだ全然食える、どんどん焼け」
「……ううぅ、あの二人の笑顔を見ていると止められない……とても楽しそうだし……うううぅ」
「お人好しローズの悪い癖ね」
「本当だな」
ローズのお人好しに呆れてマヤとジュラードが言葉を漏らすと、ローズは「だって~」とらしくない情けない声で項垂れた。
「どうしよう、あまりにもヤバイ金額になったらホント無理だ……」
「食い逃げしちゃえば?」
マヤの犯罪に誘う囁きに、ローズは一瞬真顔で沈黙する。すかさずジュラードが「ダメだぞ」と突っ込むと、胃痛で正気を失いかけていたローズも正気に戻った。
「だ、ダメだ! そのとおり、そういう犯罪はいけない! ダメ、絶対!」
「少し『その方法もありかな』って考えたでしょう、ローズ」
マヤの言葉にローズは「そんなことない」と否定するが、その表情が若干強張っていたので、ジュラードは『考えてたんだな』と理解した。
「そんなにお金が心配なら……アレ」
不意にアーリィが何かを指さしながら、ローズへとそう声をかける。ローズは顔を上げ、アーリィが指差す先へ視線を向けた。