浄化 22
「話を聞いて思ったのだけども、マナの知識の他にも呪術を学ぶのも、案外悪くないのかもしれないわ」
不意にウネがそんな唐突な意見を発する。イリスは彼女へ視線を向けて、「どういうこと?」と聞いた。
「マナの知識も今後は重要になるかもしれないけれども、世界にマナが戻っているのだから魔法もやがて一般的になるかもしれない。そうなればその力の使い方を知っておくほうが、今後のためになるんじゃないかと思ったの」
「うぅ、ん……それはそうかもしれないけど、でも今の人は大多数が魔力を持っていないよ。そりゃローズみたいな稀な例はないこともないけどさ。魔力が無いと魔法は使えないし、今から覚えても役に立つ知識かな、それ……」
「魔力が無くても魔法は使えるでしょう。たとえばイリス、あなたは他人から魔力を借りて魔法を使っているのだし」
「あぁ、それはそうだけども……」
ウネの指摘に納得するイリスに、アゲハが驚いた表情で「レイリスさん、魔法使えるんですか?!」と声を上げる。そういえば彼女には魔物化のことを含めて色々と説明していなかったと思い出し、イリスは驚くアゲハに苦笑を返した。
「あ、あぁ……ほら、ちょっと興味あったから……以前ラプラに教わって勉強してたでしょ?」
「そういえばそうですね! でも、まさか魔法が使えるなんて驚きです! さすがレイリスさんです! あのあの、どういう魔法が使えるんですか?!」
とても興味津々と言うふうに聞いてくるアゲハに、イリスは苦笑のままに「簡単な術しか使えないよ」と短い返事を返す。するとラプラが彼の代わりにこう答えた。
「イリスはミスラのマナと相性がいいので、治癒の術でしたら大概のものが使えますよ。正直その分野に関しては、私よりも高位の術が使えるでしょう。攻撃よりも他人を癒す力に長けている……まさに心優しいイリスにぴったりですね!」
「そ、そう……ぴったりでよかったよ……」
「わー、ミスラですか! じゃあアーリィさんと一緒ってことですね! とても便利そうで羨ましいです!」
「うーん、便利かな……私自身は魔力が無いから、魔力をラプラとかローズに借りてでしか使えないし。でも、確かにそういう方法では魔法は使えるけども……」
イリスは会話しつつ考えながら、「やっぱり結局さ、魔力をどう補填するかを考えないと役に立たないんじゃ……」と呟く。その呟きに対してウネがまた口を開き、言葉を返した。
「確かにその通りではあるけれども、魔力の問題はそんなに大きなことかしら。後天的に魔力を得る可能性もゼロではないし、他人から魔力を借りることだってそんなに大変なことではない」
「そのとおり、借りること自体は大変ではないけどさ……っていうか、後天的に魔力を得ることって普通はあるの?」
イリスが問うと、ウネは「魔族はそういうこともあるの」と答える。
「魔物の血の適応力は強力だから、体を変化させることもある。彼らと同じ血が流れている私たちは、ごく稀にだけど自身を変化させて何かの能力に目覚めることがあるわ」
「後天的な魔力って、過去にヴァイゼスも実験をしていたけど……それと同じ理論なんだね」
後天的な魔力を得たユトナの実験資料を見ていたイリスなので、ウネの話を聞いてそんな感想を漏らす。彼はユトナが受けた実験の能力が、魔物の組織細胞によるものだと知っていた。妹のように魔物と化したわけではないが、兄である彼もそれに近い変化を受けていたのだ。ただしそれは本人には秘したままで、それを知ることなく彼は命を落としてしまったのだが。
過去にヴァイゼスが行っていた実験の多くは魔物の驚異的な身体能力を元にしていた。
例えばカナリティアが人形を操ることが出来るのは、自分と同じ夢魔の能力を元にしていたのかもしれないとイリスは思う。他者を操る夢魔の能力を元に、無機物を操作する力を得たのだろうか。また、ユーリの場合は常人よりも強い力や反射神経、動体視力の良さなど優位な身体能力を得たが、それも魔物の身体能力を薬を使い肉体に再現したものだ。
おそらくはジューザスやヒスもだろうが、真実を知るイリスは実験体であった彼らにはそのことを伝えないと決めている。自分たちがあの実験の結果に、魔物に近い体に変化させられた可能性があるなんてことは知りたくはないだろうから。
「えっと……つまりはさ、魔族の血が入っているゲシュだったら後天的に魔力を得る可能性もゼロじゃないってことかな」
嫌な実験のことは忘れようと、イリスは意識を現実の話へと戻す。彼の問いにウネは頷いた。
「そうね。マナに多く触れていたら、そのうち魔力を得ることもあるかもしれない」
「たしかに……私たちの世界で暮らすゲシュは呪術を使います。彼らは生まれながらに魔力を持っていたか、あるいはマナに触れて魔力を得たのでしょうか。まぁ、エレで暮らしている場合は前者が多いとは思いますが……全てがそうというわけではないでしょう。後者も有りうる」
ウネの話を聞いて、ラプラがそう思い出したように告げる。イリスは「それなら、ジュラードやリリンはやがては魔法が使える可能性があるってことか」と言った。
「……ジュラードやリリンが望むなら、彼らに魔法を教えたほうがいいのかな」