浄化 21
「……ではイリス、こういうのはいかがでしょう」
悩むイリスに、唐突にラプラがそんな言葉を投げかける。イリスは視線を上げて、疑問の眼差しでラプラを見遣った。
「なに?」
イリスがそう問いかける返事を返すと、ラプラはいつもの優しい眼差しを向けて彼へとこう説明する。
「何かしら、職に繋がるような専門的な知識を誰かが教えることが出来ればいいのですよね? それを私が引き受ける、というのはどうかと思いまして」
「え?!」
ラプラの突然の提案に、イリスはひどく驚いた反応を返す。そんな彼の様子をなぜか楽しげに見遣り、ラプラは「ダメですか?」と言った。
「えぇ、ダメじゃないけど……ど、どんなこと教えるの? あの、危ないことは教えてほしくないよ?!」
ちょっと失礼な反応を返すイリスだが、イリスには基本甘々なラプラなので機嫌を損ねるようなこともなく笑顔のままだ。彼は「大丈夫です、もちろん危険なことは教えませんよ」とイリスに力強く返事を返した。
「本当? 私も心配なのだけど、ラプラ……危ないことを子どもに教えるのはダメよ」
ウネにまで疑惑の突っ込みを入れられ、今度はラプラも苦い表情となる。
「あの、私は別に危険人物ではありませんからね? 毎回そのような指摘が入るのは、私の習得する禁呪のせいですか?」
「そうね、それもあるけれども……あとは行き過ぎたストーカー行為が原因かしら」
ウネが真顔でそう指摘すると、ラプラは「ストーカー行為ではありませんよ、崇高な愛の行為ですっ!」と言い返す。二人のやり取りを聞き、イリスはやはり不安げな表情を浮かべた。
「愛の行為はともかく……何を教えてくれるの?」
「あ、失礼いたしました。そうですね……呪術や、マナに関する知識などはいかがでしょう?」
ラプラのその返答を聞き、イリスはまた驚く反応を返す。彼は思わず「え、呪術?!」とラプラに聞き返した。
「えぇ。私が教えられることと言えば、それくらいかと思いますし」
「いや、呪術教えられても使えないでしょっ!」
イリスがそう至極当然の突っ込みを入れると、ラプラは優しい笑顔はそのままに「そうでしょうか?」と返す。そして彼はこう続けた。
「マナの知識や呪術……あぁ、こちらでは魔法でしょうか。とにかくそのような知識は、今後はこちらの世界でもかなり需要が高まると思いますよ」
ラプラの話を聞き、確かにそれはそうかもしれないとイリスは冷静に考え直す。
今現在マナが世界に満ち始めているのだから、再び魔法という力が一般的になる可能性は高いし、それにマナが動力源等の様々な使い方がされる可能性もある。その時に必要とされるのは、こちらの世界では少ないマナの知識を持った人物だろう。
「そうだね……ラプラの言う通りだ。そういうの、教えてもらえたら嬉しいよ」
イリスはそう言葉を返して、ラプラに「でも、いいの?」と聞く。ラプラは変わらずイリスへ微笑みながら、しかし不思議そうな眼差しを返した。
「いいの、とは……何がでしょう?」
「ええと、そういうの教えてもらえるのは嬉しいけど……教えるといっても、そう短期間で教えられるものではないんじゃないかなと思って」
イリスは「さっきも聞いたけどあなたあっちの世界で働いているんだし、教えるとなると長くこっちに居ることになると思うから、それはいいのかなと」とラプラへ問いかけの意味を説明した。するとラプラは「かまいませんよ」と、目を細めて即答する。
「ウネも、もう少しこちらの世界を見たい様子ですし……それがどれくらいの期間になるかはわかりませんが、その間の私はあなたのお手伝いをしたいと思ったのです」
「そ、そっか……それはありがたいけれども……」
まだ少し遠慮する反応を示すイリスに、ラプラはもう一度「私の方は一切問題ありませんので」と告げる。そして彼はイリスの耳元に唇を寄せ、小声でこうも囁いた。
「それに……私が傍にいたほうが、あなたも安心できるのではないかと」
イリスは一瞬驚いた表情を浮かべたが、それには何も言葉を返さずにラプラを見返す。ラプラは蒼い隻眼を細め、変わらぬ笑顔をイリスに返していた。
イリスは無表情に包帯が巻かれた右手に一度視線を落とし、そして再び顔を上げる。その表情は一瞬前の無表情から一転し、笑顔だった。
「……あなたが大丈夫なら、お願いしようかな」
「はいっ!」
イリスの答えを聞いて、ラプラは嬉しそうに返事を返す。そして二人のやり取りを聞いていたフェリードが、「頼もしいですね」と笑って言った。
「豊富なマナの知識を持った未来の研究者が生まれるかもしれないということですよね。うちの研究所、その分野はいつでも人手不足なのでぜひ就職先として考えておいてください」
「子どもたちがちゃんと勉強してくれるようだったら、そう伝えておくよ」
フェリードの言葉に対して、イリスは笑いながらそう答える。しかし本当にその分野の知識を持ってくれたのなら研究所で働くことが出来るし、子どもたちの将来の心配が少し減るとイリスは内心で安堵した。