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神化論 after  作者: ユズリ
浄化
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浄化 20

 イリスはそう答え、ちらりと隣のテーブルで食事するジュラードを見る。彼はこちらの会話には気づかず、同じテーブルで食事する食い意地が張ったエルミラを呆れたような表情で見ていた。そんな彼をどこか寂しげな眼差しで見つめ、イリスはこう言葉を続ける。


「ジュラードだってずっと孤児院で暮らすわけじゃない。独り立ちできるようになったら、孤児院を出ていくわけだし。もちろん出ていくからってそれで終わりじゃなく、その後も出来るだけサポートはしたいとは私もユエも思っているけども……でも、基本的には子どもたちには全員自立してほしいというのが願いだから」


 その自立のためにはもう少しゲシュが生きやすい世の中になっていてほしいと、そうイリスは願う。彼らには、普通に生きる事すら難しかった自分のような苦労はしてほしくないのだ。頼れる人はおらず、毎日空腹でお金もなく、明日生きるための希望が無い……そんな、大多数のゲシュが経験したような生き方を送ってほしくはない。


「たとえばレイチェルのような技術者として生きられるゲシュはとても幸運であって、非常に稀だから……彼はエルミラの推薦もあって機械技師として生きているわけだけどさ、普通はさっきフェリードが言ったように定職に付けるゲシュは少ないもの。この国はとても豊かで暮らしやすいんだろうなとは思ったけど、でもここで普通に働いて暮らすのもゲシュにはやっぱりハードルが高そうで……」


 イリスはそこまで言って小さくため息を吐き、そして「やっぱりまともに働くためには、レイチェルみたいな専門的な知識を身に付けるのが一番なのかな」と独り言のように言った。


「そうですね……何かしら専門的な知識や技術を身に付けていれば、それは強みになります。当然就職に有利となるでしょう。イリス、孤児院で何かそのような学びをしたらいかがでしょうか?」


 イリスに話を聞いてラプラがそう彼に声をかけると、イリスは「そうしたいけども」と困った笑みをラプラへと返す。


「普通の読み書きとか計算とか……そういうのは私も教えられるから教えているよ。でも何かの専門的な技術や知識となると、教えられるような知識がそもそも私にはないからさ」


 イリスは自虐的に笑い、「仮にあるとしても、私が教えられる知識なんてずる賢く生きる知恵くらいかな」とラプラへ答えた。


「そんな……ずる賢くなどありませんよ。あなたは普通に賢いのですから、教えられることは多いはずだ」


「私を評価してくれてありがと、嬉しいよ。でも本当、普通のヒトより少し長生きしているわりには、私が誰かに教えられることは少ないよ。自己評価が低いわけじゃなく、客観的に考えて人に教えられるような知識や技術を身に付けていないなって思うから。人に教えられないような知識や技術は、嫌でもたくさん身に付けたけどさ」


 ラプラとイリスのそんな会話を聞き、今度はアゲハが「そんなことないですよ」と否定の声をあげた。


「だって私、ヴァイゼス時代にレイリスさんにいっぱい、いろんなこと教えてもらいましたよ! 人を油断させて急所を狙う方法とか、証拠を残さない殺し方とか、死体の隠し方とか! 本当に私、とても勉強になりました!」


「……うん。それが『人に教えられないような知識や技術』だよ、アゲハ」


 力強く訴えるアゲハにイリスはドン引きした表情でツッコみを入れる。しかしアゲハは「そうですか?」と、わかっていないような真顔で首を傾げた。


「暗殺術は、私の故郷ではお仕事に必要な立派な知識や技術ですよ? 優秀な技術を持つシノビは依頼主の方からたくさんのお金がもらえちゃうんですっ! 私もいつかはおじいちゃんみたいな立派なシノビになって、家族のためにいっぱい稼ぎたいと思っていますよ!」


「ジュラードにはそういう仕事はしてほしくないなぁ、私……」


 イリスは「アゲハの仕事を否定するわけじゃないんだけどね」と一応フォローを入れつつ、「もっと一般的な、フツーのお仕事をして暮らしてほしいよ」とジュラードの横顔を眺めながら言った。


「えぇ?! 私はそれが『フツーの仕事』と思っていたのですが……ち、違うんですか?!」


「人の役に立って収益を得れば、それは立派な仕事だわ。それで職業として成り立っているのなら、アゲハの仕事も普通の仕事よ。自信をもって」


「わ、ウネさんありがとうございます! 私はまだまだ未熟で、おじいちゃんに認められてないからお仕事少ないんですが……うれしいです!」


 ウネにフォローされてアゲハは嬉しそうに笑うが、傍で話を聞いていたフェリードが誰よりもドン引きした表情でアゲハを見る。そして彼は「アゲハさんって可愛い顔して実はめちゃめちゃヤバイ人だったんですね」と呟いていたが、小声だったので幸いにもアゲハの耳にはそのつぶやきは入らなかった。


「でも本当、このままじゃジュラードもリリンも苦労することになりそうですごい心配……どうしたらいいんだろうな」


 本当に悩む様子で頭を抱えたイリスを見て、アゲハは「孤児院の先生ってお仕事も大変なんですね」と感想を漏らす。その彼女の言葉に対して、イリスは顔を上げてただ苦い笑みを返した。

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