浄化 19
アゲハに問われ、ラプラは少し考える表情を見せる。イリスも何となく気になる様子で、サラダに口を付けながらラプラを見た。
「いずれは戻ることになるとは思いますが……しかしウネがどうしてもと言うならば、もう少しこちらにいてもいいとは思いますよ」
「ラプラってあっちの世界で働いてたよね。今は休んでるって聞いたけど……仕事はいいの?」
今度はイリスが聞くと、ラプラはにっこり微笑んで「仕事は趣味でやっているようなものですから」と答える。
「生活するためではありませんし……まぁ、色々と学ぶには都合がいいので研究所に所属しているだけですからね。辞めてもそこまで差し支えもありません」
「ず、随分とよゆーなんだね」
「ふふ……イリスが望むならばあちらの地位などはすべて捨てて、私はこちらに永住してもいいと思っていますよ。あなたのためなら、私はどうなっても構いません」
フードの下で微笑むラプラの目がマジなのが怖くて、イリスは何も言わずに目をそらして「野菜、すごいおいしー」と呟く。無視されたラプラは「照れているのですね、可愛らしい」と、前向き過ぎる言葉と共に頬を染めた。
「永住はともかく……本当に、長くこちらに居てもいいのかしら。あなた、家の事情とかあるのでしょう?」
「いえ、家は姉が継ぎますから問題ないですよ。補佐は求められていましたが……まぁ、大丈夫でしょう。彼女は優秀です、私がいなくて困るようなことはありません」
ラプラに姉がいたことに内心で驚き、イリスは「ウネこそこっちに長くいていいの?」と聞く。ウネは「えぇ」と返事を返した。
「さっきも言ったけど、私は別に働いてもないし……」
「ウネって普段さ、あっちの世界でどうやって生活しているのか謎だらけなんだけど。正直ラプラより謎だよね……」
イリスがそう言葉を漏らすと、ウネは「そう?」と小首を傾げる。そうして彼女は焼けてきた肉の匂いを嗅ぎながら、こう説明をした。
「別に普通だけど……あぁ、私は目が見えないから普通のひとよりも国からの保障が手厚くなっているの。贅沢しなければそれで十分に生活できるのだけど、あとはたまにラプラと同じ研究所に不定期で手伝いの仕事をしているわ」
ウネの説明を聞いて、イリスは理解したように「そうなんだ」と頷く。そして彼は感心したようにこう呟いた。
「国が生活を保証してくれてるなんて羨ましいな……」
「本当ですね!」
イリスのつぶやきに同意したようにアゲハが頷くと、フェリードが「ここも一応最低限の生活保障はしてくれる国ですよ?」と二人に言った。
「あぁ、そうなんだ」
「その代わり、国に治める税金が他国よりも多いですけどね。僕も毎年収めた税金を計算すると……ちょっと悲しくなります」
フェリードがそう悲しそうに話しながら、焼けたお肉を一枚自分の皿へと移動させる。そんな彼の様子を見て、アゲハは「や、やっぱりそれも大変そうですね」と感想を述べた。
「私やラプラが暮らしている国も同じよ。国民の生活保障が手厚い代わりに、収める税金の額が高いの。私のような存在も暮らしやすい国だけど、国民の中でも色んな意見があるわ」
「いろんな意見ね……高い税金による福祉の恩恵を選択して暮らしているのは国民ですよ。嫌なら出て行けばいいのです」
ラプラは「我々には選択の自由があるというのに、その選択をせずに文句ばかり言うのは愚か者です」と辛辣に告げる。そんな彼にウネはただ苦い表情を返した。
「ぼ、僕も別に国に文句があるわけじゃないですよ。保障は最低限ではありますが、それが一切無い国よりも平和だからこの国で暮らしているわけですし」
フェリードも苦くそう言葉を返すと、ラプラは微笑んで「そうですか」とだけ返す。そして彼らの話を聞き、イリスは「最低限の保障か」と考えるように言った。そして彼は、フェリードへとこう口を開く。
「それでフェリード、この国はゲシュも同じように生活の保障があるのかな?」
イリスの問いにフェリードは「あ、ええと」と戸惑う表情を見せたあと、こう説明した。
「税金を払えば種族問わず、皆同じ保障を受けられます。ですが……この国でもゲシュの方が定職に就くのは難しいと聞きますので、実際にゲシュの方が暮らしやすい国かと問われれば……僕は『そう』とは答えられませんね」
フェリードの答えを聞いて、イリスは「まぁ、そうだよね」と寂しげに呟いた。
「定職に付けなければ税金も払うのは難しいし、暮らしやすい国とは言えないか……」
「逆に魔族の方のほうが、人と相違ない姿に変身してうまく暮らしているという話も聞きます。ゲシュの方は魔法が使えないですし、そういうのが難しいのでしょうね」
「私の国でもゲシュの方は暮らしにくいですよぅ。魔族の方もですけど……閉鎖的な国ですから、とくに暮らしにくいと思います。客観的に見て、差別がひどい方だと思いますから……」
しょんぼりとしながら言うアゲハの言葉を聞いて、イリスは「もう少しゲシュが暮らしやすい世の中になってほしいね」と寂しく笑う。アゲハは「はいっ!」と力強く頷いた。
「レイチェルや、レイリスさんのためにも……っ」
「あ、いや、私はもうそーいうのはどうでもいいんだけど……でも、ジュラードやリリンが独り立ちした時、彼らが苦労するような世の中ではあってほしくないからさ」