浄化 18
「これを食べるの? 生のお肉のようだけど……」
「あぁ、ウネさんだめですよー! このお肉はあの鉄板で丁度いい感じに焼いてから食べる食事で……」
魔界には『焼き肉』という食事文化が無いのか、ウネが生肉をそのまま食べようとするので、慌ててアゲハが止めながら説明をする。
アゲハの説明を聞いたウネは怪訝な表情を浮かべ、「なぜ自分で焼く必要があるのかしら」と呟いた。
「野営とかなら理解できるのだけど……食事する店に入って、なぜ自分で調理を……」
「あ、ま、まぁそれは確かにって気もしますけど……ええと、何ででしょうね?」
文化の違いからくるウネの疑問に、アゲハも改めて理由を問われると正しくは答えられずに困った表情となる。すると同じテーブルの席にいたイリスが「色々理由があるんだと思うよ」と声をかけた。
「自分の好みの焼き加減で食べれたり、食べたい分だけ焼いたり、大人数での食事の時は準備も楽だし。そういう利点があるから、こういう食文化が生まれたんじゃないかな」
「なるほど」
イリスの説明にウネは納得したという表情を浮かべる。アゲハも「そうですね!」と頷いた。
「とはいえ、私はあまり馴染みない食文化だけど……」
「あれ、レイリスさん、そうなんですか? 私の故郷ではお肉をこうして焼いて食べるの、よくありましたけど」
イリスの呟きを聞いてアゲハがそう声をかけると、イリスは何か浮かない表情で「うん……」と曖昧な返事を返した。
「そもそもお肉あまり好きじゃないから、こういう食事は普段はしないかな」
「え、そうなんですか?!」
驚くアゲハに続いて、別テーブルにいたジュラードが話を聞いていたらしく「そういえば先生、肉あまり食べないですよね」と会話に加わる。ジュラードの言葉を聞いて、アゲハは「どうしてですか?」とイリスに聞いた。するとイリスはなぜか逆にアゲハを不思議そうな眼差しで見返す。
「え、なんでって……アゲハはお肉食べるの平気なの? 私はそっちの方が疑問なんだけど」
「えぇー? お肉美味しいですよねぇ。わりと好きですっ!」
「あ、そうなんだ……へぇ……」
イリスはちらっと別テーブルのユーリに視線を向ける。すると彼も笑顔で「肉をつまみに酒ってさいこー! 早く焼けねぇかなー!」とか言っていて、イリスは自分が繊細なのか二人の神経が図太いのか、一体どっちだろうと疑問に思った。
「だ、だって生肉ってアレじゃん……殺した時の肉片に見える……調理だって本当はイヤなのに……」
イリスはげんなりとした表情で鉄板の上で焼かれる肉を見ながら、何か心に闇かトラウマを抱えてそうなセリフを小さく呟く。アゲハが「レイリスさん?」と首を傾げると、彼は「何でもない」と彼女に返した。
「でもさ、ウネが焼き肉知らないってことは、ラプラも初めてなんだ?」
話題を変えるようにイリスがそう隣に座るラプラに声をかけると、彼も珍しいといった様子で鉄板と焼かれる肉を眺めている。イリスに問われた彼は視線を移し、顔を隠すフードの下で微笑んだ。
「えぇ、知りませんね。自分で焼くとは斬新です。私、自分で料理をしたこともありませんし」
「ラプラさん、料理したことないんですか?」
アゲハが驚いたように問うと、ラプラは「えぇ」と頷く。するとウネが「彼はお金持ちの御曹司だから……」とアゲハに教えた。
「専属シェフの作った料理しか食べたことないのよ」
「ええーすごい! それってアレですか、高級なお店とかでしか出ないフルコース的なものですかね!」
ウネとアゲハの会話を聞いてラプラは苦い顔をし、「料理をしないだけで、食事は皆さんと変わりませんよ?」と二人に突っ込みを入れた。
「そうなんですか?」
「えぇ。……そもそもウネ、あなたは私が普通に食事しているのを何度も見ているでしょう」
ラプラの言い分を「そういえばそうね」の一言で受け流し、ウネは「それにしても、やっぱりヒューマンの文化はいつも新鮮で楽しいわ」と言った。
「せっかくこちらの世界に来たのだから、もう少しいろいろと文化を学んで行きたいけれど……でも、そうもいかないかしら」
「えー、もしかしてウネさん、もう魔界に帰っちゃうんですかー?!」
ウネの呟きを聞いてアゲハが残念そうな声を上げる。アゲハは「それは寂しいですよ!」とウネに言い、ウネは困ったような笑みを彼女へと返した。
「まだはっきりとは決めてはないけれども……帰るならラプラと一緒だし。ただ、私は働いているわけじゃないから時間に自由があるけれども、ラプラはあちらの世界で研究者として働いているわけだから、そう長くこちらの世界にいるわけもいかないでしょう」
ウネは「であれば、今回のことがひと段落すれば帰るという選択肢もあるのかもしれない」とアゲハに返事を返す。それを聞き、アゲハの視線はラプラに向いた。
「ラプラさん、帰っちゃうんですかー?!」
「え? あぁ……そうですねぇ」