浄化 13
「それは……どういう意味だろう?」
「意味、ですか?」
ジュラードの問いの意味を探ろうと、イリスがそう問い返す。ジュラードはどこか戸惑う様子で、こう語った。
「俺、魔物を殺すこと……旅の途中までは、そんな深い意味で考えてませんでした。魔物は危害を加えてくる相手だし、殺すのは仕方ないって思ってた」
いつかにローズにも似たような感情を吐露したと、そんなことを頭の片隅に思いながらジュラードは語る。
「一方で、俺は人を殺めるのは怖いです……そんなこと絶対にしたくない。怖いんです……」
ジュラードは頼りない眼差しを伏せ、「なんだかおかしいですよね」と呟く。
「魔物は殺せるのに、人は殺したくない……この違いは何なんだろうと、最近時々、そう思って……」
「それで、私に聞いたんだ?」
イリスの問いかけにたいして、ジュラードは頼りない眼差しのまま彼を見返して頷いた。
「先生は魔物になって、なにか……心境に変化はありましたか?」
「……どうだろう。ただ、私は今も魔物を殺すことに抵抗はないよ」
イリスは微笑みはそのままに、「だって魔物の多くは人を襲うものだし」と答えた。
「魔物を殺すことは、自分の身を守るためでしょう? それは普通のことだよ」
「じゃあ……自分の身を守るためなら、先生は人を殺しますか?」
イリスもローズたちと同じで、何らかの事情があって人を殺めた経験があるのだろうと、それはジュラードも想像している。ただ、その理由はあくまで『致し方ない事情』なのだろうと、そう彼は考えていた。
まっすぐに自分を見つめてそう問うジュラードに、イリスは一瞬その表情から笑みを消す。その一瞬が何を意味するのかジュラードが気付く前に、再びイリスは微笑みを浮かべて彼の問いに答えた。
「私は、ユエやジュラードたち……大切な人を守るためならば、その時は『仕方がない』って、そう自分に言い聞かせて人を殺すだろうね」
いつもと同じ優しげな眼差しで微笑むイリスの表情からは、少なくともジュラードには彼の本音を理解することは難しかった。
イリスは小さく息を吐いてから困ったような笑みに表情を変える。
「まぁ、そうは言っても魔物を殺す時よりは色々覚悟が必要だけどね。そんな違いが生まれるのは、やっぱり相手の”心”の問題じゃないかな?」
「こころ、ですか」
「そうそう」
イリスはジュラードの頭の上のうさこに手を伸ばし、ぷるぷるのその体をそっと持ち上げる。うさこは嬉しそうに「きゅ~」と鳴きながら、イリスに抱きかかえられた。
「ヒト同士はこうやって意思の疎通が出来るでしょう? 一方で魔物の多くは意思疎通を図ることが難しい。だから魔物は心情的に倒しやすいんじゃないかなぁ?」
パタパタと耳を揺らして喜ぶうさこを楽しげに見ながら、イリスはそう答える。ジュラードはイリスとうさこの様子を眺めながら、「心があるから、意思の疎通が図れるということでしょうか」と聞いた。
「魔物にも心があるのかもしれないけどね。でも、ヒトの多くはその心を理解できない。心を理解できないから、互いが分かり合うことは無い。ジュラードはさ、分かり合えない相手に対して同情をむけることはある?」
「……あまり、無いですね」
「そ、フツーはそうだよ。だからジュラードがヒトを殺すことに抵抗があって、魔物は平気っていうのは『普通のこと』なの」
「最近は……魔物を殺す時も少し迷ってしまうことがあるんですが……」
ジュラードのつぶやきに、イリスはうさこを胸に抱いて何故か楽しげに笑う。
「それはアレかな、もしかして私やうさこの存在が関係している?」
そうストレートに聞いてくるイリスに、ジュラードは思わず気恥ずかしさを感じる。しかしその通りなので、彼は素直に頷いた。
「え、えぇと……そう、ですね。きっと悩んだきっかけは先生やうさこだと……そう、思います」
「そっか。なんかごめんね、余計なこと考えさせちゃって」
「きゅっきゅ~きゅ~」
イリスだけじゃなく、なんだかうさこにまで気を使われた結果に謝られた気がして、ジュラードはひどく戸惑う表情を浮かべた。
「な、なんかうさこまで謝ってくるし……」
「あははっ! そうだね……うさこって魔物なのに、こんなふうにヒトと意思疎通を図るのが上手だから、だからジュラードはうさこのことは退治しようって思わないでしょう?」
「そ、そうですね……魔物のくせに、魔物らしくないから……」
おかしそうに笑うイリスに、ジュラードも思わず困ったように笑みを浮かべる。そして彼は「やっぱり、心があるってことでしょうか」とうさこを見つめながら言った。
「それに先生の話を聞いて納得しました。確かに俺が魔物を倒すのを躊躇った時、その相手の魔物は”夢魔”だったんです」
ジュラードの言葉を聞いて、イリスは驚いたように目を丸くする。その彼の反応を見て、ジュラードは「いえ、先生ではないんですが」と言葉を付けたした。