浄化 12
「え、あ、あぁ……そうだな」
お互い思わず感傷的になってしまっていた事実を誤魔化すように、いつもと変わらぬ様子で二人は言葉を交わしあう。
「武器屋見てみたかったんだけど、この街そーいうのも少ねぇの?」
「あー、そういうの希望なんだね。いや、意外とけっこーあるよ。じゃあ案内したげる」
「その後メシだろ? うまい飯屋も探しておきてぇよなー」
「ごはん? それはオレがめっちゃ詳しいからダイジョブ。マジでこの街のご飯屋さんは制覇してる勢いだから。グルメガイドできちゃうよ。オススメはねぇ、あっちの大通りの焼き肉屋さんなんだけど……」
「いや、メシの話の前に、まずは先に武器屋案内してくれよ」
「はいはーい」
そんな当たり障りない会話をしながら、二人は夕日に染まりかかる街の中を歩んだ。
「きゅっきゅきゅ~きゅ~♪」
「相変わらずうさこは歌が好きだな……」
自分の頭の上でご機嫌に歌ううさこに、ジュラードはやや迷惑そうな表情を浮かべつつも、しかし歌を止めさせることはしない。そんな彼の様子に、彼と共に道具類の補充のために街中に出たイリスは、隣でおかしそうに笑った。
「ホント、うさこと仲良しだよね~」
「な、仲良しというわけではないですよっ。勝手に俺が保護者みたいなことに……」
慌てて弁解するジュラードに、イリスは「うさこはジュラードのことが好きだから一緒にいれて嬉しいみたいだけど」と言う。その言葉に、ジュラードはひどく複雑な表情となった。
「……いや、まぁ、俺も嫌いじゃないけども……」
「素直に好きって言った方がいいよ。その方がうさこも嬉しいって」
イリスのその言葉を肯定するように、うさこは歌を止めて何度も頷く。
「きゅっきゅ~!」
「うんうん、だよね」
うさこの言葉を理解して頷いているイリスを横目に、ジュラードは小さくため息を吐いた。
「先生、すごく普通にうさこと会話してますね……」
「えー、そう? ジュラードやローズだってうさことフツーに意思疎通できてるよね?」
「いや、ローズはどうなのか知らないですけど、俺はなんとなく雰囲気で察しているだけで……」
そうジュラードは説明し、「先生は魔物だからうさこの言葉もわかるんでしょうか」と問いを向ける。イリスは少し笑って、「さぁ、どうだろうね」と返した。
「でもさぁ、その魔物の私とだってジュラードは今おしゃべり出来ているわけだし、意思の疎通に種族とかは関係ないんじゃないかな?」
「そ、それは……先生は元々人だったわけですし、共用語で話しているんだし当然です」
ジュラードのその言葉にイリスは微笑んだまま「ヒトじゃないよ、ゲシュだったよ」と返す。
「あ、そ、それはそうですが……」
「そしてそれはジュラード、あなたも一緒だね。あなたは生まれた時から今までゲシュだった。……ヒューマン、魔族、ゲシュ、魔物……今私たちの周りには全部そろっているわけだけどさ、はたして種族の差ってそんなに大きなものかな?」
「それは……」
唐突なイリスの問いかけに、ジュラードはすぐには言葉を返せなかった。
自分は今まで無意識に種族の差を大きなものとして捉え考えていた。それは例えば自分が”ゲシュ”であることを負い目に感じていたり、魔物を殺すことに迷いはなくとも、人を殺めることには抵抗があったり……。
だけど、今の自分はその考えが少し変化していると自覚がある。
全く差が無いと言い切れるわけではないが、種族さについての考え方が良い意味でも悪い意味でも柔軟に変化していた。
「魔族とは、元は魔物が知性を得て進化した種族ということは知ってたかな。そして、ゲシュはその魔族とヒューマンの混血種。……つまりさジュラード、あなたを含めたゲシュの中には”魔物”の血が入っているってことだよね」
「!?」
優しく微笑んでいたイリスの表情がいつの間にか妖しいものへと変わる。妖艶に目を細めた彼は、ジュラードを試すように赤い唇を歪めて笑っていた。
「種族を分ける境界がこの体に流れる血であるのだとしたら、それこそひどく曖昧なものなのかもしれないね。だって明確に異なるヒューマンと魔族でさえ、その間に”ゲシュ”という形で子を成すことが出来るのだから。異種交配が可能ということは、種としてそこまで差異があるわけではないってことだろうし」
「……先生、は」
答えに迷うまま、ジュラードは静かに口を開く。イリスはいつもの”先生”の表情に戻り、微笑を湛えて「なに?」と首を傾げた。
「先生は、今……魔物を殺すことに抵抗はありますか?」
ジュラードはイリスをまっすぐ見据え、そう遠慮がちに問う。イリスは足を止め、ジュラードも合わせて歩みを止めた。




