浄化 9
マヤに指名され、思わずジュラードは困惑の表情を浮かべる。しかし、確かに自分が薬の調合に役立てるかと言えば、やはりユーリ同様に役立てる気はしなかった。
「マヤ、私が行ってもいいけれども。ほら、ジュラードはドラゴンを倒すので頑張ってもらったのだし。それに、私もそんなに薬作りで役立てるとは思えないから」
ローズがそうジュラードに気を使って手を挙げると、マヤはなぜか機嫌が悪そうな顔をした。
「へー、ふーん。ねー、ローズってジュラードに甘くなぁい? 毎回毎回ゲロ甘よね」
「え?! そ、そうか? って言うか、ゲロ甘って……」
「超ゲロ甘よ。砂糖120%ね。何なの? あなた、そんなにジュラードが好きなの?」
「ま、またそーいう話で勝手に機嫌を悪くして……」
道中でもう何回も繰り返されたやり取りに、ややうんざりした様子でローズがマヤへと言葉を返す。彼女は深くため息を吐き、「私の方が年上なんだし、気を遣うのは当然だろう」とマヤに説明した。すると不満げな顔をするマヤが何か言うより先に、ジュラードが「いや、俺が行く」と言う。
「ジュラード、大丈夫か?」
「平気だ。それに孤児院のことだから、俺も手伝いたいし」
ジュラードは微笑んで頷き、彼のその態度を見たローズは「そうか」と理解した表情でこちらも頷いた。
ジュラードが納得したので、マヤはイリスたちへとこう告げる。
「はいはい、じゃあジュラードもオマケで付けちゃうこと決定ね! いっぱいコキ使っていいわよ」
「お、オマケ……」
マヤのひどい言い分には苦い顔をするしかなかったが、ジュラードは「出来るだけ足を引っ張らないように頑張ります」とイリスに言う。そんな謙虚なジュラードに、イリスは笑って「むしろ私が足引っ張りそうだし、ジュラードのこと頼りにしているよ」と返した。
「え、そうですか?」
「うんうん。ジュラードは強いよ。それに、ジュラードってホント逞しくなったよね。孤児院を一人で飛び出す前と今じゃ体つきも違うし、雰囲気もしっかり者になってるし……」
ジュラードをまじまじと観察しながら、イリスは「すっかり頼れるお兄ちゃんだよね」と感想を漏らす。その評価にジュラードは照れた様子で「あ、ありがとうございます」と小さく返事をした。
ジュラードが褒められて照れている様子を横目で見ながら、先ほど魔物討伐に抜擢されたユーリがマヤへとこう声をかける。
「なーマヤ、頼れるジュラード君が行くなら、俺ぁ行かなくてもいいんじゃね? ぶっちゃけクソイリスと一緒が嫌だし」
「一緒に行ってきなさいよ。さっきも言ったけど、どうせ薬の調合に関してはあんたは役立たずなんだし。そっちで役に立ってきなさい」
マヤに『役立たず』と返され、ユーリは「くそっ」と不満げに眉を潜める。そんな彼に、アーリィがちょっと心配した様子で言葉をかけた。
「ユーリ、魔物退治に行くんだね……たぶん私は薬の調合しないといけないから、離れちゃうのか……少し、寂しいね」
アーリィは言葉通りの寂しげな表情で小さく「気を付けてね」とユーリを気遣う。その健気で優しい妻の姿に、基本優しさに飢えているユーリは感極まった様子で「マジでアーリィ大好き」と言って彼女を抱きしめた。
「ひゃっ……! ちょ、ユーリ! こんな、人多いとこでっ!」
「ちょっとユーリ、いちゃつくならよそでやってよね! ローズと存分にいちゃつけないアタシへの当て付けかしら?!」
顔を真っ赤にして慌てるアーリィとマヤの怖い声で正気に戻ったユーリは、「はいはい」と言ってアーリィを解放する。そして彼は改めて「んじゃ、俺らは魔物退治か」と予定を確認した。
「んで、他のやつらは医学会に行って魔法薬の調合か?」
「あ、私はちょっと別行動をしたいです! ヒスさんに薬のこと、お伝えしに行きたいのでっ! 魔物退治のお手伝いが出来ず、すみませんっ!」
ユーリの問いに対して、アゲハが手を挙げてそう主張する。そしてエルミラも「オレもここでもう少しお世話になるよー」と言った。
「フェリードに他にも研究手伝ってって泣き付かれちゃったからさ。あんまりも必死にお願いされちゃったから、今回のことのお礼に少し手伝ってあげようと思って」
二人のそれぞれの行動を聞き、マヤは「了解」と頷く。
「じゃ、ローズとアタシとアーリィとウネで医学会へ向かうってことね」
「私は転送術で、あなたたちを医学会へ連れて行けばいいのね」
ごく自然にローズたちのメンバーに加えられていたウネは、自分の役割を正しく理解して、そのうえで嫌な顔せずそう発言する。そんな彼女にマヤは「いつもホント、ごめんなさいっ!」と、さすがに謙虚な態度を向けた。
「つーことは、俺らは孤児院までフツーに移動か……」
「転送術に慣れてしまうと、普通の移動が面倒に感じてしまうな」
面倒くさそうに肩を落とすユーリの呟きを聞き、ジュラードが苦笑しながらそんな言葉を漏らす。一瞬で好きな場所に移動できる転送術は利便性ナンバーワンの術なので、ジュラードたちの呟きを聞いたマヤも羨ましそうな表情をウネに向けた。
「ホントよねぇ。転送術は便利だからうらやましいわ。大体ウィッチが使えるんだからアタシが使えてもいいはずなのに……どーしてアタシは使えないのかしらねぇ」
「その魔法が使えるかは、素質なんだよな。確かにもう一人くらい、転送術が使えたらよかったな」
移動に関してはウネ一人に頼りっきりになっている現状を考え、ローズも困ったような笑みを浮かべながら言葉をつぶやいた。