もう一人の探求者 3
マヤはひどく怒ったようにそう言うと、ジェラードの目の前で白い光に包まれる。驚くジュラードと、何かショックを受けたように硬直するローズの目の前で、マヤはそのまま光に包まれて忽然と姿を消した。
「!?」
何故か光と共に姿を消したマヤ……またジュラードにとっての疑問が一つ増えてしまった。だがどうやら今は消えた彼女について聞いている場合では無いなと、ジュラードは放心するローズを見て思った。
「ま、マヤ……ちが……俺は浮気なんて……」
何かさっきから自分を『俺』とか言い始めたローズが気になりつつも、ジュラードは取り合えず彼女の様子を観察することにする。ローズはしばらく放心した後、しょんぼり肩を落とし、そしてハッとしたように顔を上げて今までずっと蚊帳の外状態だったジュラードを見た。今まで完全無視だったジュラードの存在が、やっと思い出された瞬間である。
「あ、す、すまない……えっと……何を話していたんだっけ?」
ローズはマヤに嫌われた事が相当ショックなようで、ひどく落ち込んだ様子のまま無理した笑顔でジュラードを見る。
どうも今の二人のやり取りから察するに二人の喧嘩の原因は自分らしいので、ローズの無理した気遣いにジュラードは申し訳ない気持ちになった。しかしどうにも口下手で人との接し方がいまいち得意ではない彼は、二人の喧嘩の原因がはっきりとはわからないこともあって、どう言って彼女に謝罪したらいいのかわからずに沈黙した。
そうしてジュラードが沈黙していると、先にローズが話を思い出して口を開く。
「そうそう、あなたに何があったのかを話していたんだよな」
「……それよりもお前たちは一体何者なんだ?」
気になりだすとキリが無くなる怪しいローズたちに、ジュラードは自分の状況などどうでもよくなって、思わず彼はそう彼女に問う。
「お前のその、背負ってる剣も……まさかお前の武器?」
ローズが背負うのは、彼女の身の丈をゆうに越す大剣だ。ジュラードも自身の武器として破壊力のある両手持ちの大剣を選んだが、それは彼が長身で体格がよく、少し人よりも力があるから強力でかつ自分でも無理なく扱える為にその武器を選んだ。だが女性で尚且つ小柄なローズはどう見ても、刀身から柄も含めれば二メートルほどはありそうな大きな剣を扱えるような人物には見えない。
しかしローズはジュラードの『まさか』を、あっさりと肯定した。
「あぁ、うん。そうだけど……何か変か?」
「……」
さらりと驚く事を肯定され、ジュラードはますます『何者だこいつら』と思った。通常の人では無いだろう、間違いなく。
一方でローズはジュラードの訝しげな視線を受けて、こちらもちょっと困惑を示す。
(なんだか凄い疑ってる顔だよな……やっぱりこれが俺の武器だと信じてもらえてないんだろうか……)
ローズ自身も今の自分の姿ではこんな大きな剣を武器にしているというのを、実際に見てもらうくらいのことをしなくては信じてもらえないと理解しているので、何かを思いついたように彼女は「わかった」と力強く言って急に立ち上がった。
「?」
ジュラードがきょとんと目を丸くすると、立ち上がったローズは彼に「見ててくれ」と言う。
「何を……」
ジュラードがごもっともな疑問を呟きかけると、ローズは背負っていた大剣を鞘から出してその細い両手でしっかりと持った。そしてジュラードの目の前で、自分はこのとおりこの巨大な剣を武器にしていると証明するように、突然剣を振り回してみせる。
「なっ? 使えているだろう?」
「わわ、わかったから止めろ! 危ない……っ!」
まだ半信半疑なジュラードは、どうにも大剣を振り回すローズの姿が危なっかしく見えて、後ずさりながら制止を告げる。ローズは「だから平気なんだよ」と言いながら、でもジュラードはがあまりにも驚いて怯えるので、剣を一旦地面に突き刺して振り回すのを止めた。
「あ、危ない奴だな……」
「いや、だから大丈夫だって証拠を見せたかっただけで、そんな危ないことをするつもりは無かったんだけども……」
そう言ってローズが剣を置いたまま、ジュラードに近づこうとした時だった。
「……う、……」
急激な脱力感と共に、ローズの目の前が真っ暗になる。意識は急速に遠のき、ローズは突然その場に倒れた。
「なっ……お、おい……っ!」
何の前触れも無く突然倒れたローズに、ジュラードはまた慌てる。
ただでさえ何がなんだかよくわからないのに、さらに原因不明で突然倒れられたらもうジュラードもどうしようもない。
「何なんだ、くそ……」
ジュラードはそう困惑を呟きながら、取り合えず倒れたローズに近づいて抱え起こす。
(……このまま野ざらしにしとくわけにも……いかないか)
正直野ざらしにしてこのまま自分は自分の目的の為に先へ進みたい気持ちがあったが、しかし彼女が自分の命の恩人ならばやはり自分も彼女を助けるべきだろうとジュラードは思う。
ジュラードは小さく溜息を吐くと、気を失っているローズを背負う。そして自分の傍に置いてあった自分の荷物と、自身が武器にしている禍々しく波打つ形状の刃の大剣を持った。
「……こいつの武器も持たないとダメだよな」
誰に言っているのか不明だが、ジュラードは大地に突き刺さったローズの大剣を見ながら疲労した表情でそう呟く。
いくら普通よりは力に自信あるとはいえ、人+重い武器×2+荷物×2は明らかに重量オーバーな予感がする。だが行くしかない。
「くそ……何がなんだか……俺が一体何をしたっていうんだ……」
自分には急いでやるべき事があるのだから、こんなところで足止めを食らっている場合じゃないのにと、そう思いながらもジュラードは全てを背負って、取り合えず彼女を休ませる場所を求めて歩き始めた。