浄化 4
「あ、あそこが研究所じゃないか?」
ジュラードが頭の上のうさこに夢中になっていると、彼の前を歩いていたローズが声を上げる。ジュラードが視線を前方に向けると、白い立派な佇まいの建物が目に入った。そして建物の入り口近くには、なんだか見知った人影が。
「む、あれってイリスとアゲハじゃないか?」
目を細めながらローズがそう呟くと、マヤが「そうね」と頷く。彼女たちの視線の先には、元気にこちらへ向けて大きく手を振っているアゲハと、対照的に落ち着いた様子で彼女の隣に立つイリスの姿があった。
「お? なんであいつらあんなとこに立ってんだ? 俺らが来ること、伝えてねぇよな?」
「さ、さぁ……」
まるで自分たちを出迎えるかのように建物の入り口に立っていたアゲハとイリスの二人に、ユーリとローズはそろって首を傾げる。ジュラードも不思議そうに二人を見つめ、「なんでだろう」と呟いた。
「ローズさん、ジュラード君、みなさん! お疲れ様です! お元気ですか?! 無事ですか?! 無事そうですね! えへへ、よかったー!」
ジュラードたちがアゲハとイリスが待っていた建物入り口までやってくると、元気を具現化したような存在のアゲハが声をかけてくる。彼女は無事な様子のローズやジュラードの姿を確認すると、嬉しそうに笑って「またお会いできてよかったです!」と言った。
「ホント、お疲れ様。ジュラードも怪我無くて何よりだよ」
「あぁ、イリス先生……」
アゲハに続いてイリスも全員の無事を確認し、安堵した様子を見せる。彼に声をかけられたジュラードは、「先生たちも大丈夫でしたか?」と返した。
「うん、へーき。心配してくれてありがとう。ま、こっちも魔物と戦う羽目になってちょっと疲れたりしたけども」
「それよりイリス、お前らなんでここにいるんだ?」
ジュラードの問いにイリスが返事をすると、彼らの会話に割って入るようにユーリが質問する。するとイリスは怪訝な表情で「なんでって?」と首を傾げた。
「ここでエルミラたちがマナ水を作ってるんだから、ここにいるのは当たり前でしょ?」
「そー言うことじゃねぇよ。お前ら、俺らが今日ここに来ること知ってたのか? ってこと。なんで玄関で待ってたんだよ」
ユーリの疑問は、ローズたち全員の疑問だ。全員がそろって『なぜ』という顔で見てくるので、イリスは「あぁ」と納得した表情を浮かべた。
「あー、それは……」
「それはですねぇ、うさこちゃんが教えてくれたんですって!」
イリスが答えるより先に、アゲハが元気に不可解な回答を返す。「うさこ?」とユーリは眉根を寄せ、ジュラードは自分の頭の上のうさこを見た。
「きゅっきゅ~!」
みんなに注目されて、うさこは嬉しそうに胸を張って鳴く。だが『うさこが教えた』の意味が全くわからず、マヤが「それはどういうことなのかしら」とアゲハに聞いた。するとアゲハはイリスに視線を移し、「えーと、私も詳しくはわからないのですが」と前置きしてから、こう説明する。
「さっき突然レイリスさんが、『なんかうさこが呼んでる』とおっしゃって……皆さんが来るっぽいからって、私たちが玄関までお出迎えに来たんです!」
「へー、そう。……意味が分からないわね」
「あぁ、さっぱりわかんねぇな」
説明を聞いてもやはり意味がわからず、今度は皆の視線はイリスへ説明を求めるものとなる。全員の困惑する視線を受けて、イリスも「そんな顔で私を見ないでよ」と同じ表情を彼らに返した。
「いや、だってアゲハが言うにはお前が電波な発言をした結果に、今この場にいるらしいから……」
「電波な発言って言うな」
「可哀想にな」
「そんな奇特なものを見る目でこっち見ないで!」
ユーリは気の毒なものを見る目でイリスを見て、「ついに本格的に頭がおかしくなったんだと思ったら、お前が不憫で」と彼に告げる。イリスは怖い顔でユーリをにらみ返しつつ、こう説明した。
「だからうさこが教えてくれたんだって。あのね、私も知らなかったんだけど、魔物同士ってのはどうもテレパシー的な能力? があるみたいで……」
そんなことを口走った後、イリスはハッとした様子でアゲハに視線を向ける。アゲハは笑顔だがきょとんとした表情でイリスを見返しており、自身が魔物化していることを知らない彼女に配慮した結果に、イリスは「いや、何でもない」と説明を中断した。
「と、とにかくうさこの声がしたの。ほら、うさこ大声で歌ってたでしょう? アレ、アレ聞いたの! 私は断じて頭おかしくなってないから!」
「た、確かにうさこ、ここに来るまで大声で歌ってたな……」
ローズは納得した様子で「あの歌にはそんな意味があったんだな」と呟く。ジュラードも隣でひどく感心した様子となり、うさこに「お前の歌にそんな意味があったなんて」と言った。
「でも……大声とは言っても、こんな離れた建物に聞こえるまでの声じゃなかったよね」
アーリィが不思議そうにそう呟くと、ユーリが「だから、イリスが魔物的アレでうさこの電波をキャッチしたって言っただろ。電波同士で」と小声で説明する。小声でもしっかり『電波』部分を聞いていたイリスは、「だから、電波って言うな!」とキレ気味にユーリに抗議した。
「もーヤダ、私が頭おかしいヒトみたいじゃんっ」
「事実、おかしいんだから仕方ねぇだろ」
「てめぇ……また幻覚で泣かせてやろうか?」
「ほー、じゃあこっちは現実で泣かせてやるよ」
「まぁまぁ、二人ともそれくらいで……それより、アゲハにイリス、わざわざ出迎えてくれてありがとう」
顔を合わせればすぐ罵り合いをはじめそうなユーリとイリスに注意しつつ、ローズは出迎えてくれた二人に礼を述べる。