浄化 3
「それじゃあ、とりあえずエルミラたちのところへ行ってみましょうか」
マヤがそう次の目的を告げると、ジュラードが「あぁ」と頷く。そしてジュラードはちらりとウネを見た。
「行くって……やっぱり、その……ウネに?」
ジュラードが申し訳ない思いを滲ませながら、そう遠慮がちに呟く。彼が遠慮する意味は、ここに戻ってくるまでにウネに転送術を使って移動したのだが、エルミラたちの所へ向かうのにも彼女の力を頼っていいのだろうかというものであった。
するとウネはジュラードの呟きを聞き、顔を上げて涼しい顔で頷く。
「えぇ、構わないけども」
「そうなのか? さっきも転送術を使ってもらって、続けてまたってのも……いいのものなのか、心配になるのだが」
「そうねぇ。ウネの力は本当に便利だけど、そう連続で頼って大丈夫なのかしら? 研究所はここからそう遠くはないし、フツーに移動してもいいんだけど」
マヤもウネを気遣ってそう発言すると、二人の気遣いに対してウネは少し笑って「問題ない」と返事を返す。しかしローズも彼女のことを心配し、「いや、今回は普通に移動しよう」と提案した。
「マヤの言う通り、研究所まではそう遠くないし。ウネには孤児院に戻るのにまた力を借りると思うから、今は力を温存しておいてくれ」
「そう? そんなに気を使ってくれなくても大丈夫なのに……」
なぜかウネが申し訳なさそうな表情で小首を傾げるので、ローズは思わず苦笑する。そして彼女は「力が必要な時は、頼む」とウネに言った。
「んじゃ、話まとまったな。俺らも移動する準備するか」
ユーリがそう言って立ち上がり、アーリィも「うん」と頷いて彼に続く。
ローズが二人に「一時間後に出発で構わないか?」と聞くと、ユーリは「あぁ」と返事を返した。
ウネによる便利な転送術ではなく、通常の移動手段――公共交通機関を利用し、ジュラードたちがエルミラたちのいる研究所へたどり着いたのは午後3時ごろ。夕方までかかることはなかったが、それでも昼前に出発して到着まで移動で6時間ほど使った計算となる。
「店から研究所まで近いといっても、やっぱり転送術と違うから移動に時間がかかったな」
人の多い駅のホームに降り立ち、ローズはそんな言葉を漏らす。途中お昼ご飯の時間を挟んだので6時間丸々移動であったわけではないが、それでも鉄道を乗り継いでの移動は大変だと、すっかり転送術に慣れてしまっていたローズは疲労と共にそんな感想を抱いたのだった。そしてそれはジュラードも同様だったようで、彼はうさこを頭に乗せながら「あぁ」と疲れた表情で頷く。ただし彼の場合、移動中ずっとうさこの相手をしていて疲れたというのもありそうだが、とにかく疲れている様子だった。
「きゅっきゅ~」
「俺も移動だけってのはさすがに疲れるな~。けど、うさこは元気だな」
ユーリは大きく伸びをしながら、ジュラードの頭の上で踊るうさこを眺める。ユーリのぼやきを聞いてか、うさこは「きゅ~」と鳴きながら元気アピールをした。
「アーリィは疲れてねぇ?」
「うん、平気。私は歩くほうが疲れるから」
「あぁ、まぁ……それはそうか」
アーリィの返事にユーリは苦笑を返し、そして彼はローズに視線を向ける。
「んで、研究所ってのはどこだ?」
「えっと……悪い、私も詳しくは知らないから、とりあえず人に聞いてみよう」
ユーリの問いに対してローズがそう答えると、マヤが「たぶん今日はここで一晩ってことになるだろうから、先に宿を取ってからの方がいいんじゃない?」と意見する。それに対してローズは「そうだな」と頷き、彼女は全員を先導するように街中へ向けて歩き出した。
宿について無事に今日の宿泊の宛を確保すると、さっそくローズたちはエルミラたちのいるであろう研究所を目指すことにする。
宿泊の受付を行った際に宿のスタッフへ研究所の場所を確認したところ、街の大通り近くにあると教えてくれた。合わせて描いてもらった手書きの地図を頼りに、荷物を宿においてローズたちは研究所へ向かうことにしたのだった。
「ええと、研究所は……この道をまずは真っすぐ行って……」
「なーローズ、この街結構大きいな。なんか店もいろいろありそう」
「え? あぁ、そうだな」
目的地までの道を地図で確認するローズに、ユーリが周囲を見渡しながら声をかける。顔を上げたローズがユーリを見ると、目が合った彼は「散策してぇな」と言ってローズを苦い顔にさせた。
「おい、観光に来てるわけじゃないんだぞ? そういうのは後にしてくれ」
「へーへー、わーかってますよ。生真面目ローズ君」
「本当にわかってるんだろうか……」
本当にわかっているのか不明な態度のユーリに苦い顔のままため息を吐き、ローズはまた地図に視線を戻す。そんな真面目な彼女の隣で、ジュラードは「確かに少し珍しい建物が多いな」と周囲を見渡して呟いていた。
「いや、珍しい建物というか……大きな建物が多いな」
「人も多いように感じる。大きな都市なのね」
階層の多いように感じられる巨大な建築物が多い街中を見ながらジュラードが感想を述べると、目は見えなくとも喧騒から街の雰囲気を感じているらしいウネも言葉を続ける。エルミラがマナ水を開発できるだけの設備が整った研究所がある場所であるので、それなりに大きく先進的な都市なのだろうかと、地図に視線を落としたままでローズも考えた。
「そうだな……エルミラたちに会った後で時間があれば、少し自由時間にして街中を散策してもいいかもな」
「お、マジで? じゃあさっさと研究所行こうぜー!」
ローズの呟きを聞き、ユーリが嬉しそうに声を上げる。そんな彼の様子を横目で確認し、ローズは無言で頷いた。
「きゅっきゅきゅきゅ~」
「うさこ、お前そんな大声で歌うなよ……一応お前は魔物で、ここは街中なんだぞ?」
ローズの先導で研究所へ向かう中、ジュラードは眉を潜めながら自分の頭の上でマイペースに熱唱するうさこに注意する。しかしうさこは意に介さず、小さな拳を振り上げてジュラードの知らない歌のサビ部分を熱く歌い続けた。
「きゅうううぅうぅぅ~っ!」
「……こいつは本当に魔物なんだろうか」
魔物なのに堂々と街中で歌い続けるうさこだが、周囲の人々は時折うさこに視線を向けるだけで特に驚くような反応はない。むしろ微笑ましく笑いながらうさこを見る人までいる始末で、そんな反応を見たジュラードは『かわいいって得だな』と、少しずれた感想を抱いた。