浄化 1
「おねーちゃーん! ろーずたちがかえってきたよー!」
朝、そんなミレイの大声と登場でアーリィは店の開店準備をしていた手を止める。傍にいたユーリも同じく手を止め、弾丸のような勢いで店の中に入ってきたミレイを見た。
「おーねーちゃぁあぁああーんっ!」
「ひっ……」
大好きな姉に向けて、ミレイは叫びながら猛ダッシュしてくる。このままだと強くて可愛い妹のタックルを受けてまたダメージを受けると、そう確信したアーリィの顔色が青ざめる。今日の彼女の勢いを受けたら死ぬかもしれないと予感したアーリィが小さく悲鳴を上げると、「おっと」と言ってユーリがすかさず前に出てミレイを受け止めた。そして超合金ボディのタックルを受け止めたユーリが鈍い呻き声をあげて、表情を苦しげに歪める。
「ぐっ、おっ……!」
「おねーちゃっ……あれ? ゆーり、じゃましないで~!」
アーリィに抱き着こうとしたのをユーリに阻止され、ミレイは不満げに自分を受け止めたユーリを見上げる。一方でユーリはゲホゲホと咳き込みつつ、ミレイを放してその頭を乱暴に撫でた。
「お前のタックルは危険なんだよ。もう少し落ち着いて抱き着け。アーリィが怪我したらどーする」
「む~」
不満げな顔で頬を膨らませるミレイを見ながら、即死を免れたアーリィはほっと胸を撫でおろす。彼女はユーリに「ありがとう」と言って、そしてミレイに向き直った。
「それでミレイ、さっき『ローズたちが帰ってきた』って言ってたけど……」
「あ、そうなのっ! あのねぇ……」
ミレイがぱっと笑顔になってアーリィへと説明しようとした時、丁度店の入り口が開いてローズたちが中へと入ってくる。
「遅くなった、悪い」
開口一番そんな謝罪を告げながら店に入ってきたローズに、ユーリは「お、おかえり」と笑顔で声をかける。そしてローズに続いて入ってきたジュラードやウネの姿を確認し、「みんな無事でよかった」と言った。
「えぇ、全員五体満足で元気よん。フェイリスは医学会に報告のために戻るらしいから先に別れたけど、このとおり全員で帰還出来たわ。ほーんと、よかった」
ローズの胸の間からマヤがそう説明し、そんな彼女にユーリは「無事はいいけど、ちゃんとアレ手に入れたのか?」と問う。マヤは「トーゼンでしょ」とユーリに返し、ローズを見上げた。
「ローズぅ、ユーリに取り立てほやほやのドラゴンの目玉見せつけてあげなさい」
「え、今? いや、まずはちょっとどこかで落ち着いて報告とかしたほうが……」
マヤの言葉にローズが戸惑う反応を見せると、ユーリも「俺も別にドラゴンの目玉を積極的には見たくねぇよ」と苦い顔で返す。
「ドラゴンの目玉手に入れたんならいいよ、疲れただろ? お前ら一先ず家の中で休んでろよ。俺らは店の準備しなきゃだけど、終わったら話聞かせてもらうから」
「あぁ、すまない。ところでエルミラたちは……」
気遣うユーリに感謝しつつ、ローズは少し不安げにそう彼に問いを返す。彼女の後ろではジュラードも、エルミラたちが無事にマナ水を完成させたのか気になる様子で心配そうな表情を浮かべていた。そんな二人の様子を見ながら、ユーリは小さく笑って「そっちもたぶん、大丈夫だと思う」と返す。
「ほぼ完成してる~的な返事を前聞いたぜ。そっちに様子見に行ってるアゲハが帰って来なくてちょっと気になるけど、たぶん大丈夫だろ」
「私たちも花、手に入れたから……安心して、ジュラード」
ユーリと、そしてアーリィの言葉を聞いてジュラードは安堵に胸を撫でおろす。ローズも笑顔で「よかった」と呟いた。
「まー、あなたたちのことだから大丈夫だとは思っていたけどね。とりあえず、ユーリの言う通り奥で待ってましょう。ここで話してても、ユーリたちの準備の邪魔になるだけでしょうし」
マヤも安心した笑顔を向け、そして彼女はそう提案を告げる。ローズは「そうだな」と頷き、そして彼女たちは一先ずユーリたちの準備が落ち着くまで待つために店舗から繋がる居住区へと足を向けた。
しばらくしてユーリとアーリィは店の準備を終え、店のことをいつも通りレイチェルたちに任せると、直ぐに居間で待つローズたちの元へと戻ってくる。
ジュラード、ローズ、マヤ、ユーリ、アーリィ、ウネ、そしてうさこのメンバーで、それぞれの報告を始めた。
「ええと、これがヴォ・ルシェの目玉で……」
ローズが持ってきた小さな銀色の箱を取り出し、テーブルの上に置く。厳重に封をしてあるその箱は、ウネの術によって中身が腐敗しないよう施されている。なので開けるのが少し面倒なため、ローズは事前に「中身、見るか?」とユーリたちへと聞いた。その問いかけに対して、ユーリもアーリィも首を横に振る。
「いや、さっきも言ったけどそんな積極的に目玉見たくはねぇな」
「うん……ちゃんと手に入ったなら、それでいいと思う。別段見たいものではない、と、思う」
「そうか? 結構宝石みたいできれいだぞ?」
ローズは苦笑と共に二人にそう返事を返し、「まぁ、確かに見る必要はないか」と箱をテーブルの上から避けた。
ローズが箱を仕舞うのと同時に、今度はユーリが自分たちの担当した品についての説明のために口を開く。
「んで、こっちで入手した花……あー、名前なんだっけ」
「グラスドール」
すかさずアーリィが答えると、ユーリは「あ、そうそう、ソレ」頷いて話を続けた。
「その、ナントカについてもさっき言ったけど、ちゃんと手に入れてきたぜ。色々とひでー目にあったけど」
「そうか、おまえたちも大変だったみたいだな……お疲れ」
自分たちもヴォ・ルシェの目を手に入れるために非常に苦労したが、やはりそれは他のみんなも同様だったのだろう。ユーリの報告を聞き、ローズは苦笑と共に彼らを労わる言葉を向けた。そしてジュラードもまた、ユーリたちを気遣うように礼の言葉を向ける。
「本当に……その、ありがとう」
「お、別にいいんだぜ? そんな改めて礼を言われることでもねぇよ」
ジュラードまでに気を使われて、ユーリはおどけたように「ひでー目にはあったけど、いつものことだよ」と笑いながら返した。
「い、いつものことなのか……お前たちは相当、いろいろ経験してたんだな」
リリンが病を患ってから初めて一人で旅をしたジュラードにとっては、古代竜退治は相当に恐ろしく、そして成長の機会となる経験だったと思う。一方で正直ジュラードも内心では『ひどい目にあった』とも思っていたが、そんな経験を『いつものこと』と片づけたユーリに、彼はちょっと恐ろしいものを見るような視線を向けた。
「そーそー、いつものことだから。……まぁ、さすがに巨大昆虫祭りは俺も二度と経験したくねぇけども」
「え、なんだそれ、すごい怖い……」
ボソッと小さく呟いたユーリの言葉を聞き逃さなかったローズが、青ざめた顔色で「巨大昆虫って……」と嫌そうに呟く。ジュラードの膝の上で大人しく話を聞いていたうさこも、「きゅうう~」と怖がるように震えた。