古代竜狩り 82
「考え事? ……そうか」
ジュラードの返事を聞き、ローズは納得と同時に彼がこんな場所で一人何を考えていたのかが気になる。聞いていいのかほんの一瞬悩んだが、続く会話のきっかけもなかったし、彼女は思い切って問うてみることにした。
「何を考えていた?」
「聞かれると思った」
ローズの問いを予想していたらしく、ジュラードは僅かに振り返ってそう答える。月明かりの下に見えた彼の表情が苦く笑っているのに気づき、ローズもまた同じ笑みを彼に返した。
ジュラードは答えるか少し迷った末に、こう口を開く。
「……もうすぐお前たちとの旅も終わる、と……それを考えていた」
「え?」
ジュラードは苦い笑みのままで、「おかしいな、嬉しいはずなのに」と疑問の眼差しを向けるローズへと言った。
「俺の旅の終わりは、リリンの病が治ることだから……俺は、何よりそれを望んでいたはずだ。だけど、いざこうして終わりが近づくと……」
ジュラードは頭上に輝く月と同じ色の眼差しを僅かに伏せて、か細く「さみしいな」と呟いた。そんなジュラードの様子を見て、ローズもまた同じ感情を胸に宿す。
「そう、だな……リリンちゃんを治す方法がもうすぐ手に入る。それは私も嬉しいけど、別れは寂しいよ」
ローズはジュラードへと近づき、彼の傍に立って「でも」と微笑を向ける。不思議そうな表情でローズを見下ろしたジュラードは、続く彼女の言葉を待った。
「別に一生の別れというわけじゃないんだし……この旅が終わっても、私たちは会おうと思えばまた会えるわけだし。そんなに気落ちすることはないよ」
「……そういえば、お前とマヤの旅の目的は一体何なんだ?」
ローズの言葉を聞いて、不意に気になったことをジュラードは問うてみる。自分は妹を助けたくて旅を始めたわけだが、自分に協力してくれることになった彼女の旅の目的をはっきりとは聞いていなかった気がして、とても今更だが聞いてみたくなったのだ。
ローズは少し驚いた様子で目を丸くし、「あれ、話していなかったっけ?」と彼に言葉を返す。ジュラードは「たぶん」と頷いた。
「えっと……私の旅の目的は……」
マヤと、そして自分の事情をジュラードに話すべきかローズはひどく迷う。自分の目的は当然、三年前の『選択』で肉体と力の多くを失ったマヤを元に戻すことだ。それと、ウィッチのせいで『アリア』の肉体になってしまった自分を、本来の『ローズ』の体に戻すこと。端的に言えば男に戻ること、なのだが。
「むぅ……」
今更隠すことでもないように思えたが、しかし説明するにもどこから話したらいいかわからない複雑な事情なので、ローズはひどく困った様子で眉根を寄せた。
そんなローズの様子を見て、ジュラードは「べ、別に話したくないことなら聞かない」と慌てる。そのジュラードの反応に、ローズも慌てた。
「あ、いや、別に話したくないことじゃない、と……思うけど……説明が難しくて……」
「そう、なのか?」
「うーん……そうだな。私の目的は、マヤを元の姿に戻すことなんだ。それが私の望みで、一番の目標」
「マヤを?」
ジュラードが確認するように問うと、ローズは小さく笑って「うん」と頷いた。
そう、自分が一番に望むのは『マヤ』のことだと、そうローズは改めて思う。彼女が幸せなら、自分は幸せなのだから。
「マヤは、本来はあの姿じゃないのか」
「あぁ。本当は私たちと同じ、ヒトだよ」
ローズは頷きながら答え、「あ、大きさ的な意味で」と説明を付け足す。ジュラードは少し驚いた様子で「そうなのか」と返事した。
「三年前の出来事であのサイズになってしまったわけだけど、マヤを元の大きさに戻してあげたくて私は共に旅をしているんだ」
「そういえば、禍憑きの原因となったマナがマヤのマナで、それを回収すればどうのこうのって……なんか、そんな話をしていたな」
「あぁ。マヤの力は世界各地に散らばってしまっているようで……だからそれを回収すれば、きっとマヤを元の大きさに戻してあげられると、そう思うんだけど……」
ローズは嬉しそうに笑った後、しかしすぐに落ち込んだ表情を見せる。ジュラードが「どうした?」と聞くと、ローズは慌てて笑顔を作って「なんでもない」と返した。
「ほら、うまくいくかちょっと不安だっただけだ。マヤのマナを回収しても、本当に彼女が元に戻れるのか……」
「やってみないとわからない、というわけか……」
本当は自分の姿がどうしたら元に戻れるのか、いまだ手掛かりすらわからない現状に不安になってしまったローズだが、そのことは隠して「そう、やってみないと」とジュラードに返事を返す。そうして彼女はこう続けた。
「私とマヤはリリンちゃんの治療を終えても、各地のマナ回収をしないといけないから……まだまだ旅は終わりそうにないな」
苦笑と共にそう告げたローズに、ジュラードは目を細めて「そうか」と返事をする。そうしてしばらくジュラードは、ひどく複雑な眼差しでローズを見つめた。
「……? ジュラード、どうした?」
彼の視線の意味がわからず、ローズは首を傾げながらそう彼に問う。するとジュラードは言葉に迷った後、「俺は……」と小さく告げた。
「俺は、もう少し……お前と一緒に、いたいと思う」
「ジュラード?」
疑問の眼差しを向けるローズに、ジュラードもどう伝えたらいいのか自分でもわからないといったふうに、ひどく困惑した表情を彼女へと返した。
「いや、もちろん俺はリリンが元気になったら、ずっとリリンの傍にいたい。リリンの傍にいないといけないんだ。リリンには俺しか肉親がいないから、俺が傍で守ってあげないと……だけど、その……」
再び訪れる、しばらくの沈黙。優しい月明かりの中で、静かに吹き抜ける風の音だけが聞こえる。
ジュラードはやがて自分の感情の意味を整理したのか、か細くローズへとこう告げた。
「初めてだったんだ。他人をこんなにも頼り、信頼することが……」
孤児院で暮らしていた時から、自分は他者と距離を保って生活していた。妹以外には本当の意味で心を開くことが出来ず、自分の望みや感情は抑えて生きてきた。
けれどもローズたちと出会い、彼女と行動を共にして、自分は他人を信頼することを覚えてしまった。知ってしまったというべきだろうか。孤独ではない心地よさを一度知ってしまうと、もう一人で全て抱え込みながら生きる自分には戻れない。
「初めて俺は他人である誰かを信頼した……それがお前たちで、だから……離れてしまうのは、すごく寂しいんだ」
「ジュラード……」