古代竜狩り 81
「ジュラードさん、お気づきになられて安心しました」
「あ、あぁ……えと、心配かけて、悪い……」
にこりと微笑んで声をかけてきたフェイリスに、ジュラードは戸惑いながらも言葉を返す。フェイリスは艶やかな笑みを浮かべ、「でも、あなたを一番心配していたのはローズさんとうさこちゃんですけどね」と彼に告げた。ジュラードが「うさこ?」と困惑気味に言うと、名前を呼ばれたタイミングでうさこが鳴きながらジュラードへとタックルする勢いで抱き着いてくる。
「きゅうぅ~っ!」
「うわ、びっくりしたっ……」
柔らかい弾力を腹部に感じつつ、ジュラードは自分に抱き着くうさこを苦笑しながらそっと撫でる。そんな彼とうさこの様子を見て、ローズは安堵したように微笑んだ。その彼女の優しい笑顔を横目で見てしまい、ジュラードは僅かに赤面する。慌てて彼は顔を逸らし、周囲を見渡すふりをした。
「そ、それで……ここは外か? ドラゴンを倒したと聞いたけど、目玉は手に入れたのか?」
動揺を誤魔化すように、顔を逸らしたままでジュラードはそうローズへ問う。ローズは笑顔のままで頷き、「大丈夫」と彼に答えた。
「ちゃんとヴォ・ルシェの瞳は手に入れたよ。それで、ドラゴンを倒したタイミングで地下坑道が崩落を始めたから急いで脱出したってわけだ」
「そうか……何はともあれ、目を手に入れたのならよかった」
安心した様子で言葉を返すジュラードに、ローズは苦笑を浮かべながら「最後は危うく生き埋めになるところだったけどな」と小さく呟く。それを聞き、今更ジュラードは『本当に無事に終わってよかった』と思った。
「それでジュラード、もう動けるかしら?」
不意にマヤがジュラードの目の前に飛んできて、小首を傾げながら彼へとそう問う。ジュラードは反射的に「あぁ、たぶん」と答えた。
「たぶん? たぶんで大丈夫かしら……あんたが動けるようなら、一度近くの街へ戻って宿を取ろうと思うんだけど」
「……動けるとは思うが、すぐにユーリたちの元へは戻らないのか?」
ジュラードが疑問の眼差しでそう問うと、マヤは目を細めて「ダメよん」と答える。
「なぜ?」
「ウネにはさっきの脱出で転送術を使ってもらったからね。そう連続で何回も転送術を使うのは彼女に負担になるでしょう」
「あ、あぁ……そうか」
マヤの説明を聞いて、ジュラードは納得したように頷く。正直彼は早くユーリやエルミラたちと合流して、リリンを治す薬を作りたかったが、しかしウネの負担のことを考えると理解せざるを得ない。
「私は平気よ」
二人の会話を聞いていたウネがそう口を挟んだが、マヤは怖い顔で彼女を睨んで「ダーメ!」と言った。
「もー、ウネもローズと同じタイプでホントダメ! 『平気』って言って、無理するタイプよね! 無理して倒れた後じゃ遅いんだからね!」
「そうだぞ、ウネ。さっきの戦いでも魔力を多く使ったのだから、少し休憩しないと。無理はよくない」
マヤの言葉に続いてローズがウネへとそう気遣う言葉を向けると、マヤは「ローズにも言ってるんだけど」と小さく突っ込みを入れた。
「え? あ、あぁ、そうか……まぁ、私は大丈夫。でもジュラードも体を休めないといけないし、やはり今日は一旦宿を取って体を休めて、明日にユーリたちの元へと戻ろう」
ローズが苦笑と共にそう言い、立ち上がる。そして彼女は僅かに屈み、今だ上体を起こしただけの姿勢のジュラードに手を差し伸べる。
「立てる?」
「あ……」
大きくはない、むしろ小さいとさえ感じるローズの手だが、差し出されたそれはここまで自分を励まし、そして導いてくれた頼もしいものだった。
ずっと、自分は一人で大切な妹を助けようとあがいてきた。きっとあの時ローズに出会えなかったら、自分は今もただ闇雲に”奇跡”を求めて放浪していたかもしれない。しかし彼女と出会えたことで、リリンを助ける術を見つけることが出来た。それだけじゃなく、彼女と出会えたことで自分は大きく変わることもできたと思う。いや、成長だろうか。
たとえば、そう。
「……」
迷ったのはほんの一瞬で、ジュラードは自身の手を持ち上げて差し出された彼女の手を自然と握り返す。
「ありがとう」
微笑み、そうローズへ礼を告げると、ローズもまた嬉しそうに笑みを深くする。そして彼女に引っ張られるように、ジュラードはうさこを抱えながら少し痛む体を起こして立ち上がった。
地下坑道から移動して近くの街へと戻り、予定通りに宿を取ったジュラードたちは、その後は各々体を休めることにする。古代竜という強敵と戦ったことも苦労であったが、ずっと陽の光の差さない地下を移動していたことも、彼らの体には大きな負担だったのだろう。女性にしては体力があるウネやフェイリスは、珍しく今日は日が落ちる頃には早めの就寝を選択して静かな夜を過ごした。
「……あれ、ジュラード」
自分以外の女性陣が早めに床に就いた頃、体を洗ってさっぱりしたローズが宿の廊下を歩いていると、窓から庭に佇むジュラードの姿を見つける。彼女はタオルで濡れた長い髪の毛を拭きつつ、少し考える様子を見せてからまた歩き出した。
ローズが向かったのはウネやフェイリスたちが寝る部屋ではなく、宿の外。彼女は庭に先ほど見かけたジュラードの後ろ姿を見つけ、立ち止まって彼へと声をかけた。
「ジュラード」
「!?」
ローズに声をかけられ、ジュラードは驚いた様子で振り返る。ローズの姿を確認すると、彼は「なんだ、ローズか」と小さく呟いた。そして彼女の髪がまだ湿っているのに気づくと、眉根を寄せて苦い表情を見せる。
「そんな恰好で外に出たら風邪を引くぞ」
「え、あぁ。ちょうど窓の外にお前の姿が見えたから、ちょっと気になって……」
ローズは苦笑しながらジュラードにそう返し、そして先ほど彼が見ていた視線の先へと眼差しを移した。
「何を見ていたんだ?」
宿の庭から見える光景は、向かいにある鬱蒼とした林の黒い影くらいしかない。その上には煌々とした青白い月が明るく輝いていた。
ジュラードは少し困ったように「いや」と呟き、そしてローズと同じく何でもない目の前の景色へと視線を移す。
「別に何か見ていたわけじゃない。ちょっと考え事をしていただけだ」