世界の歪み 8
「でも、魔法薬がその病気に効くのか私にはわからない……どうしたらいいんだろう」
考える面持ちからそう口を開いたアーリィは、ユーリが悩んでいた事と同様の内容を呟く。ユーリも改めて、「そうだよな」と彼女の言葉に頷いて同意を示した。
「せめてその”禍憑き”ってのが、どういう病気なのかもっと詳しくわかったらいいんだけど……」
アーリィがそう小さく呟くと、アゲハが閃いた表情で彼女を見る。そうしてアゲハは、なんとも彼女らしい考えをアーリィに伝えた。
「あっ、じゃあ私、その”禍憑き”で困っている人のところに行って、どういう病気なのかこの目で見てきますよ!」
「え?」
アゲハの発言に、驚いた顔をしたのはアーリィだけではなかった。ユーリやレイチェルも、目を丸くしてアゲハを見ている。
アゲハは皆の驚きなどお構いなしに、力強い表情でさらにこう続けた。
「だってアーリィさんはお店忙しいですから、その病気の人の所に行くなんて出来ませんよね? だから私が代わりに行って見てきます! それでどんな病気だったか詳しく分かれば、アーリィさんもどの魔法薬が効果あるか大体判断つくかもしれないですよ!」
行動力があるアゲハらしい提案に、アーリィたちは若干呆気に取られる。
「でもよぉ、この手紙くれた人……ヒュンメイに住んでるらしいんだけど……」
ユーリがそうアゲハに言うと、アゲハは「わかりました、ヒュンメイですね!」と笑顔で返した。
「いや、ちょっと病気がどんなものなのか見に行くには遠くねぇかなって思うんだけど……」
「え、ヒュンメイなんて三週間もあれば行って帰って来れますよ? 大丈夫です、任せてくださいって!」
行く気満々のアゲハを見て、ユーリはそれ以上彼女を止める言葉が無くなって沈黙してしまう。アーリィやレイチェルもそれは同様だった。その代わりに、アーリィはアゲハへとこう告げる。
「あの……ホントに行くなら止めないけど……でも、気をつけて……無理もしないでほしい……」
「はい、了解です! じゃあ早速明日、朝一番に出発しますね!」
アゲハの『明日出発』発言に、アーリィたちはまた驚愕する。彼女の行動力の凄さを改めて知らされた瞬間だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ん……」
ゆっくりと目を開けると、薄っすら歪んだ視界にジュラードの姿が映った。
「……起きたか」
そう声をかけられ、ローズは状況の把握が出来ず彼をじっと見つめる。走行する音と揺れから、ここは列車内らしい。窓の外には日が落ちた暗い色の空が見える。
しばらくボーっとジュラードを見つめていたローズだが、やがて彼女は体を起こす。自分はどうやら横長い座席に体を横にして眠っていたようだったと、体を起こしたことでローズはそれに気づいた。
「あ、れ……私は何を……」
「また倒れたんだ」
疑問を呟くローズにジュラードがそう答えると、ローズの直ぐ傍でうさこが心配そうな鳴き声を発する。うさこの声に反応してローズがそちらに視線を向けると、どうやら今まで眠っていた自分の頭を支え、枕代わりになっていたのがうさこだったらしいと気づく。
「うわっ、うさこ! ご、ごめん!」
「きゅいぃ」
ローズが慌てて謝ると、うさこはぷるぷる震えながら首を横に振るような動作を見せる。ジュラードもローズに、「そいつが自主的に枕になってたんだ、気にするな」と声をかけた。
「それより、お前はもう大丈夫なのか?」
「え?」
ジュラードに問われ、ローズは考える。何を『大丈夫』と問われているのかまだよくわかっていないローズに、ジュラードは小さく溜息を吐きながら説明をした。
「言っただろ、また倒れたって。魔法を使い過ぎるとそうなると、そう俺に説明したのはお前だったじゃないか。昼間の魔物の襲来の件でお前は怪我した人を全員治したけども、それが終わったらまたいきなりふらっと倒れたんだよ。……ったく、お前が倒れるからまた騒ぎになるし、色々言って場を収めるのは大変だったんだから な」
「ってことは、私はまた……加減を違えてしまったのか」
ちょっと反省したようにそう呟くローズに、ジュラードは自分が責めてしまったような気がして慌ててフォローも付け足す。
「まぁ、でも皆お前に感謝をしていた。治療してもらった人は勿論だが、列車の人も今回の件で結果的に怪我人がゼロになったからすごく有難いって……お礼ってことで金も貰ったし」
ジュラードの説明に、ローズは小さく笑んで「皆無事ならよかったよ」と呟く。それを聞いて、ジュラードは思わず呆れた表情をローズに向けた。
「自分が無事じゃなかったんだ。『よかった』なんて言ってる場合じゃないだろ」
「あ、そ、そうか……すまない」
「マヤだって心配してたし……」
「マヤ? あ、そういえば……」
マヤの姿が見えないことに気づき、ローズは彼女が自分を心配して中に引っ込んでしまったのだろうと理解する。ジュラードも、「彼女は『しばらく表には出ないで大人しくしてる』と言って消えたぞ」とローズに伝えた。
「そ、そうか……私はダメだな、やっぱり……」
「ローズ?」
何故かひどく落ち込んだ様子となるローズに、ジュラードは不思議そうに声をかける。するとローズは「あぁ、すまない……独り言なんだ」と彼に弱く笑って返した。
「……なにか、その……」
「ん?」
ローズの落ち込む様子が気になって、ジュラードはそれを問うために口を開きかける。しかし彼は「やっぱり何でもない」と、言いかけた言葉を途中で途切れさせた。
ローズたちと共に行動するようになってから、他人との触れ合いによってか、自然に以前よりほんの少しは自分の意見を言えるようになってきたかと思うジュラードだが、やはり意識して自分の意見を伝えようと思ったり、他人に何かを聞こうとするのは勇気がいると彼は思う。
「……あ……ま、まぁ、誰にも失敗はあるだろう……あまり、落ち込むのも良くない……と、思うけどな」
だがせめて、気遣いの言葉くらいは言えるようにならないとも思い、彼はローズにそう告げる。するとジュラードのこの言葉を聞いて、ローズは嬉しそうに「ありがとう」と微笑を返した。
「い、いや……」
まっすぐな眼差しで、面と向かって礼を言われると照れくさい。
照れたジュラードが目をそらし俯くと、ローズは不思議そうに首を傾げた。




