古代竜狩り 80
「ただ、気を失っているようで……」
地面に寝かせたジュラードを見ながら、ローズは彼女たちにそう説明する。続けてマヤが「強化の反動じゃないかしらね」と、補足を告げた。
「ジュラードさん、大丈夫でしょうか?」
「まー、初めて身体強化の術を受けたらこーんなもんよぅ。っていうか下手したら無理のしすぎて腕とかもげててもおかしくないし、五体満足でよかったわー」
ジュラードを気遣うフェイリスに対して、マヤがさらっと恐ろしいことを返す。恐ろしすぎるマヤの発言を聞き、ジュラードが起きてなくてよかったとローズは内心で密かに思った。
「それよりもせっかくジュラードが頑張ってドラゴン倒したんだから、ちゃっちゃと目的のものを回収しましょ!」
ジュラードを心配してうさこが彼の周囲をうろうろする中、マヤが小さな両手をパンパンと叩いてローズたちへとそう告げる。ローズは「そうだな」と頷き、そして彼女は大剣を握りなおしてドラゴンの頭部へと向かった。そうして彼女は小さな山ほどはあるドラゴンの頭部をよじ登り、目的であるギガドラゴンの瞳を見つける。
「これを……取って、持って帰るのか」
事切れたドラゴンの濁った瞳を見下ろしながら、ローズは「やっぱりちょっと生々しいな」と苦笑する。同じく彼女の後を追ってやってきたウネが「私が取る?」と声をかけると、ローズは苦笑したまま首を横に振った。
「いや、大丈夫。私がやるから」
ローズはウネへとそう返事を返すと、剣の切っ先をドラゴンの瞼に突き刺す。濁った眼差しが自分を責めているように一瞬感じたが、ローズは小さく「すまない」と呟いて手を動かした。
「きゅうぅ~……きゅ?」
ジュラードを心配するように彼の頬をぺちぺち叩いていたうさこが、唐突にその動きを止めて顔を上げる。うさこのその反応に気づいたフェイリスは「どうなさいましたか?」とうさこへ声をかけた。するとうさこが突然怯えるように大きく震えだす。
「きゅ……きゅうぅ!」
「?」
フェイリスが眉を顰めた時、パラパラと小さい瓦礫が彼女の傍に落ちてくる。フェイリスは顔を上げて、そして彼女はうさこが怯える理由をなんとなく察した。
「……まずいですね、早くここを出なくては」
「フェイリス、どうしたの?」
険しい表情をしたフェイリスに傍でマヤが問うと、フェイリスは屈んでジュラードを背負いながら答える。
「やはり、少し暴れ過ぎたようです。……崩壊しかかっていますよ、ここ」
「え、それはやばいわね」
思わず嫌な顔をしたマヤだが、彼女も天井から小さな瓦礫がパラパラと落ちてくる音が各所で聞こえているのに気づく。どうも早めにここを撤退しないとかなりまずそうだと、彼女は「フェイリス、ジュラードをよろしく」とフェイリスに伝えてからローズたちの元へと飛んだ。
「ローズ、ウネ! 目玉くりぬいた?!」
「ま、マヤ! その言い方はやめてくれ!」
物騒なことを言いながら飛んできたマヤに、ローズは思わず嫌な顔をして返事を返す。その彼女の手にはちょうど今くりぬいたばかりのギガドラゴンの目玉があり、それを確認したマヤは「よし、じゃあ目的は達成したわね」と言った。
「それじゃ後は急いで脱出よ!」
マヤはそう言うとウネに視線を向けて、「転送術、出来る?!」と聞く。するとウネが頷くより先に、ローズが「随分慌ててるな」とマヤに声をかけた。
「当然でしょ! ほら、わからない? のんびりしてたらここ、崩落して生き埋めになるわよ?!」
「え、えぇ?!」
マヤに指摘されて改めて周囲を確認してみると……天井から小さな瓦礫がぽろぽろと落ちてきているし、確かに何かそんな気配があるとローズは青ざめる。
「落ちてきそうね、天井」
「ウネ、お前はこんな時でも冷静だな!」
顔色一つ変えずにボソッと呟いたウネにローズは蒼い顔のまま突っ込み、「すぐに脱出しないと!」と叫んだ。
「ジュラードさんは私が運びますので、ウネさん転送をお願いします」
逞しくジュラードを背負ったフェイリスもローズたちの元へと近づき、ローズとウネもドラゴンの頭から降りて彼女と合流する。ちなみにうさこはジュラードの頭に引っ付いていた。
「それじゃあ転送の準備をするから」
ウネはそう言いながら、転送の準備を手早く行う。どこからか召喚した転送補助用の杖で手早く魔法陣を地面へと描き、彼女は意識を失ったジュラードを含めた全員を魔法陣の中へと入るよう促す。その時、一際大きな瓦礫がドラゴンの上に落下した。同時に不吉でしかない低い地響きが空間内に響き渡り始める。
「きゅううぅ~!」
「うううううウネ、転送をはやく……ここまで来て生き埋めはいやだ……っ」
あちこちで崩落が始まったようで、瓦礫が次々と天井から落下してくる。うさこの悲鳴と蒼白な顔色のローズに急かされつつも、ウネは取り乱すことなく冷静に転送を始めた。
『CONTWIMNECOVESH……』
「……ん、う」
小さな呻き声と共に、ゆっくりと青銀色の瞳が開かれる。その瞳が映したのは、ここしばらく見ていなかった気がする青空。それと、優しい笑顔。
「ジュラード、大丈夫か」
「……ローズ?」
屈み、自分を見下ろすようにして心配した眼差しを向けるローズに、ジュラードはぼんやりとした眼差しのまま「ここは?」と聞いた。青空と、周囲には荒れ果てた荒野が広がる。
「俺は……あれ、たしか地下でドラゴン、を……?」
まだ少し混乱した頭で考えつつ、ジュラードは呟きながらゆっくりと上体を起こす。ローズはそんな彼を気遣うように支えつつ、「あぁ、お前がドラゴンを倒したんだ」と微笑んで答えた。
「俺が……倒した?」
「そうだ。覚えてないのか? ギガドラゴンを倒したんだぞ」
ローズの説明を聞いて、ぼんやりとだが気を失う前の出来事を思い出していく。そうだ、自分は確か地下でギガドラゴンを見つけて、マヤに身体強化の術をかけてもらいドラゴンに挑んで……
「体、大丈夫か?」
「え、あ、あぁ……」
ローズの問いかけにジュラードは曖昧に頷く。「怪我は治したんだけど」とローズは続け、まだ状況を把握しきっていない様子のジュラードに苦笑を向けた。
「強化の魔法は自分の体にかなりの負担をかけることになるから……体が痛いとか、どこかおかしいと感じたらすぐに言ってくれ」
「……大丈夫、だと、思う」
答えつつ、少し肩を動かすと筋肉痛のような痛みをそこに感じる。思わず顔を顰めたジュラードの変化をローズは見逃さず、「やっぱりどこか痛いのか?」と心配そうに聞いた。
「いや、少し痛んだだけだ。問題ない」
「……少し痛いのは問題なんだぞ?」
ジトっとローズに睨まれ、ジュラードは思わず「わ、悪い」と謝罪する。そんな彼に「本当に大丈夫かな」と呟き、ローズはため息を吐いた。すると、ローズの後ろから賑やかな声と共に、一人と一匹が二人の元へと近づいてくる。
「あ、ローズぅ、ジュラード起きたのねん」
「きゅっきゅ~!」
彼女らの後ろから、さらにフェイリスとウネもやってくる。二人もジュラードが意識を取り戻したことを知ると、それぞれに安堵した表情を浮かべていた。