古代竜狩り 79
「う、わっ……!」
ジュラードは咄嗟にドラゴンに突き刺した剣を支えにして落下に耐えようとするが、しかしタイミング悪く身体強化の魔法の効果が切れたらしく、急激に体に力が入らなくなる。戦闘中でなくてよかったが、しかし今魔法の効果が切れるのもまずい。急に体に力が入らなくなったのは、強化魔法の効果が切れた後の反動だろう。思わずジュラードは「くそっ……」と小さく悪態をつくが、悪態をついたからと言って強化による反動が消えるわけもなく。
「あっ……」
「ジュラードっ!」
千年を生きたドラゴンの巨大な肉体が凄まじい轟音を立てて地面へと倒れる。その衝撃は地震のような激しい揺れを生み、濛々とした土煙が周囲を包んだ。
「ジュラードさん、ローズさんっ……!」
ドラゴンが倒れるところを目撃していたフェイリスが、彼女らしくない取り乱した様子で二人の名を叫ぶ。彼女はドラゴンと共に落ちていくジュラードと、彼を助けようと駆け寄るローズの姿を見ていたのだ。ドラゴンから少し離れた位置にいたフェイリスもドラゴンが倒れた凄まじい衝撃で膝をついている状態であるので、傍にいたジュラードとローズはドラゴンの巨躯に押しつぶされていてもおかしくない。彼女の様子からウネも、ジュラードとローズの身を案じるような険しい表情を浮かべた。
「お二人は……無事でしょうか……」
心配そうにそうフェイリスが呟きながら立ち上がると、ウネは羽を消して彼女の傍に降り立つ。そうして二人が並び立つと、二人の間を抜けるように小さな光がドラゴンの元へと飛んでいった。
「あ、マヤさんっ」
二人の間を抜けてドラゴンの元へと向かった光はマヤで、彼女はローズとジュラードを心配して飛んで行ったのだろう。少し遅れてうさこもフェイリスたちの元へと駆け付け、「きゅいいぃ~!」とウネの足元で鳴きながら存在をアピールした。
「……私たちも行きましょう」
ウネはうさこを抱きかかえ、フェイリスへとそう声をかける。フェイリスは「そうですね」と頷き、彼女たちもまたマヤの後を追うようにドラゴンの亡骸の元へと走った。
「ローズ! ついでにジュラード、だいじょーぶ?!」
ドラゴンの元に駆け寄ったマヤは、ローズと、ついでにジュラードを心配しながら彼らの姿を探す。ローズに万が一のことがあれば自分の存在が消滅するはずなのでローズは死んではいないとわかっているマヤだが、しかしドラゴンの下敷きになって怪我をしている可能性は十分ありえる。あるいはジュラードはドラゴンの下敷きになって、ペチャンコになっているかもしれない。
「ジュラードが無事かわからないのが不安ね……ちょっと、二人ともいたら早めに返事して~?!」
マヤがドラゴンの頭辺りを飛んでいると、「マヤ」という声が聞こえる。それはローズの声で、マヤは「ローズ、無事だったのね!」と言いながら声がした方を振り返った。
「あぁ、なんとか無事だ……ジュラードも、ほら」
ドラゴンの腕を押し上げて、そこからローズが苦笑しながら這い出てくる。彼女はジュラードに肩を貸すような形で、彼の体を支えながら共にドラゴンの下から脱出した。
「間一髪のところでジュラードを助けられたよ。とは言っても、さすがに今回は下敷きになって死ぬかと思ったけど……たまたま隙間に滑り込めてよかった」
ローズはそう説明しながら、マヤへと笑顔を向ける。どうやらローズとジュラードはドラゴンの下敷きになる直前、倒れたドラゴンの巨体と地面の隙間へ運よく潜り込んで助かったようであった。
ローズの説明を聞いてほっと胸をなでおろすマヤは、ローズが助けたジュラードが力無く彼女に寄りかかっているのに気づく。ちょっと密着しすぎの二人に内心腹を立てつつも、マヤはローズに近づきながら「ジュラード、寝てるの?」と彼女へ聞いた。
「うーん……気を失っているようだけど。でも、呼吸はしているし大丈夫だと思う」
「ふーん……」
「……マヤ、なんか機嫌悪くないか?」
マヤの反応の淡白さが気になり、ローズは不思議そうな表情で彼女へと問う。マヤは「アタシの機嫌を直したかったら、さっさとジュラードをそこらへんに放りなさい」と真顔で答えた。
「なっ……放るって、それじゃジュラードが可哀想だろう!」
「うるさいわねー、なによ、またジュラードとそんなにベタベタしちゃって!」
またジュラードに嫉妬しているマヤに気づき、ローズは半分呆れ顔となる。しかし嫉妬してもらえるのは嬉しくも感じるので、そう強くも怒れない。どうしたらいいのか困った様子で、ローズは「ベタベタはしてないって」とマヤへ返した。
「そうかしら~?」
「そうだ。それにマヤが同じことになったら、俺は同じようにして助けるし……普通だ、これくらい」
「あら、そう? なら、まぁ……いいけど」
女性の扱いがうまくないローズだが、今回は珍しく返答が正解だったようで、マヤは少し機嫌を直したらしい。しかしなぜマヤが機嫌を直したのかローズはわからないようで、少し首を傾げながら「よくわからないけど、機嫌直ったならよかった」と馬鹿正直に言うところまで含めてとてもローズだった。
マヤがどうして機嫌を直したのかはわからないが、また機嫌を悪くしても困るので、ローズはひとまずジュラードを安全な場所まで移動させてから床に寝かせる。するとそこにフェイリスとウネがやってきて、二人もローズたちの無事を確認してほっとした様子で声をかけてきた。
「ローズさん、ジュラードさん、お怪我はありませんか?」
「大丈夫、二人とも」
「きゅうぅ~!」
フェイリス、ウネ、そしてうさことそれぞれに心配されて、ローズは「大丈夫」と笑顔で答える。そして彼女はジュラードに視線を落とし、「ジュラードも多分、平気だ」と彼女たちに説明した。