古代竜狩り 78
「ウネ、フェイリス! もう大丈夫、次は私がいくっ!」
濛々と土煙が上がる中、ローズがそう叫びながら雄叫びを上げるドラゴンへと駆けていく。
「了解しました。……まるでこれは、狐狩りですね」
「そうね」
ローズの指示でドラゴンを追い込むように攻撃を続けていた二人は、一旦その手を止めてそう短く言葉を交わしあう。絶え間ない砲撃と魔力矢によってドラゴンを追い立てるように比較的狭い場所へと誘導した二人は、続けてドラゴンへと攻撃を仕掛けるローズの様子を見守った。
「いくぞ、ハルファスっ……」
呟き、大剣を構えて勇ましく駆けていくローズに、ドラゴンも反応して彼女をターゲットとする。威嚇するような咆哮の直後、前足で薙ぎ払う重い一撃がローズへと襲い掛かった。咄嗟にローズは横に回避しつつ大剣で受け流す。ほんの一瞬、深紅の閃光と共に剣先を凶悪な鉤爪が掠めただけであるのに、指先から腕にかけて痺れる衝撃を感じてローズは思わず顔を顰めた。
「う、くっ……!」
『古代竜の一撃は一つ一つが即、死に繋がるな。ローズ、まともには受けるなよ。お前の脆い肉体など秒でひき肉だぞ』
ハルファスの忠告に「わかっている」と返し、ローズは体勢を立て直す。痺れる指先を無視し、剣の柄を落とさぬよう強く握りなおした。
「ひき肉は勘弁してもらいたいな。たぶん、俺は美味しくないだろうし」
ドラゴンを見上げ、ローズは苦い顔でつぶやく。次なる一撃を見舞おうとする古の王者と深紅の眼差しが直線で繋がったのはほんの一瞬で、ローズはすぐに低く構えた姿勢でドラゴンの足元に潜り込む。
『そうか? 客観的な意見で述べると、お前はおいしそうな部類に入ると思う。たぶんマヤもそう言うだろう』
「ハルファス、頼むから今は妙なことを話しかけないでくれ!」
大真面目な戦闘中なのに変な突っ込みを入れてくるハルファスにローズは苦く文句を返しながら、潜り込んだ下部から先ほどジュラードが一撃を入れて鱗が剥がれた箇所へと刃を薙ぎ払った。金属のような硬質な鱗が刃とぶつかり、甲高い音と閃光が弾ける。剥がれた鱗からは黒い血しぶきがあがり、ドラゴンはローズを踏みつぶそうと巨躯を左右に揺らしながら地団太を踏んだ。
「っ……!」
危うく踏みつぶされそうになりながら、ローズはドラゴンの背側へと抜けて回避する。冷や汗を掻きながら、ローズは「本当にひき肉になるところだった……」と呟いた。
『だから気をつけろと言ったではないか。お前と共にミンチからのブレスでこんがりしたハンバーグになるのは遠慮したい』
「ハンバーグ……うぅ……しかし、これだけ狭い場所だと容易にはブレスを使えないようだな」
ハルファスの文句を聞き流しつつ、ローズはドラゴンの行動を観察してそう言う。そして彼女は「あとはジュラードがうまくやってくれれば」と独り言のように呟いた。直後、彼女の呟きに呼応したように黒の大剣を構え持ったジュラードがこちらへと駆けてくるのが見えてくる。ローズは思わず彼へと叫んだ。
「ジュラード、頼むぞっ」
「……あぁっ!」
ローズの期待に応えるように、ジュラードは短くそう返事を返す。目の前の巨大な巨竜を見つめる彼の鋭い眼差しは、淡く深紅の光を宿していた。
マヤに身体強化の術を掛けてもらったジュラードは、その術の効力の強さを今実感しながら再度ドラゴンへと挑もうとしていた。
普段は多少重いと感じる大剣だが、今はまるで重さを感じない。体も軽く、普段よりも余程早く走ることが出来る。視界もクリアだ。正直今の自分なら千年を生きたドラゴンだろうと、この手で屠ることが出来るとジュラードは思った。それほど、ジュラードが初めて体験した魔法による肉体の強化とは強力なものであった。
(しかし、強力過ぎて……あまり長引くと、俺の体の方が壊れるな)
気分は高揚しているが、無理やり身体能力を限界以上にあげているわけで、魔法が切れた後の反動が凄まじいだろうとジュラードは思う。
強すぎる薬は毒にもなりえるのだ。魔法をかけてもらった後にマヤに同様の忠告を受けたこともあり、なるべく早く決着をつけなければとジュラードは気合を入れなおした。
『オオオオオォオオオオォッ!』
「お互いにもう、逃げ場はない。決着をつけよう……ヴォ・ルシェ」
狂える咆哮へ言葉を返すように、ジュラードはそう静かに呟く。古代竜はジュラードの接近に気づいて彼へと圧倒的重量の尾を振るう。ジュラードは咄嗟に横へと回避し、捕え損ねたジュラードの代わりに押しつぶされた床が派手な音を立てて破砕された。
ジュラードは周囲に散らばったその瓦礫を足場と利用して、高く飛ぶ。
「ぁあああぁああぁっ!」
雄々しい雄叫びと共に、漆黒の刃が古代竜の正面へと迫る。ヴォ・ルシェは大きく口腔を開き、その喉の奥に不吉な蒼い輝きが灯る。ブレスだろう。宙を飛んでいるジュラードにそれを回避する術は無い。遠くでローズが叫んだような気がしたが、ジュラードは気にすることなく刃を振り下ろした。
ここで自分がドラゴンを倒せなければ、妹を救うことは出来ない。
「俺は……リリンを、助けるんだよっ!」
ブレスが形を成すより先に、高く飛んだジュラードが振り落とした黒の刃がドラゴンの頭部へと突き刺さる。強く握りしめた大剣は強化された剛力により易々と鱗を突き破り、黒々とした血液がジュラードの全身を染める。ブレスを吐く予定だったドラゴンの口からは濁った雄叫びが漏れ、ブレスの輝きは命の灯のようにゆっくりと消失した。
「!?」
自身を支えられなくなったドラゴンの巨躯が傾き、頭部に剣を刺したまま硬直するジュラードの体勢が崩れる。このままではジュラードはドラゴンの上で足を滑らせて落ちるか、ドラゴンと共に倒れるかだろう。それに気づき、ローズは「ジュラード!」と叫んで彼の元へと走った。