古代竜狩り 77
レイムはユーリへと優しく言い聞かせるようにそう告げた後、ふと思い出したことを伝えるような態度でこんなことを言う。
「そうそう、僕も両親に捨てられた子どもですよ」
「へ?」
予想外のことを告げられて驚くユーリに、レイムは変わらず笑顔のままで「僕もこの教会で育ちました」と彼に伝えた。
「え、そ、そうだったんですか……?」
「ですよ。そういえばユーリさんは移住してきた方ですから、知らなかったんですね。すみません、お伝えしていなくて」
「い、いや……別に積極的に言うことでもねぇですし、それはいいんスけど……」
「ふふ、そうですね。……残念ながら、この辺は昔はそういうことが多かったんです。貧しい人が多かったですからね。今は多少は良くなったんですけど、それでも時々……だから僕がここで子どもの受け入れをしているわけですけど」
レイムはほんの少し眉を顰め、苦い笑顔で「本当はここで暮らす子どもがゼロになることが、僕の目標ですよ」と呟く。
「こういう受け入れる場所があるから親に捨てられる子どもが減らないんだ、なんて言葉も時々聞きます。僕もそれを聞くと、本音は少し迷うこともあるのですが……それでも、最後の砦となって受け入れる場所がなかったら……それこそ救われない子どもたちが確実に生まれてしまいます」
レイムのその話を聞き、ユーリはどう返事を返すのが正しいのかと一瞬考える。考えた末、彼が素直な感想を返した。
「レイムさんはすごいっすね」
「そうですか?」
「あぁ。だって……親に見捨てられた子どもを助けたいって思って、現に今そのためにこうして尽力している。子どもたちをどうにかして助けたいって、そう思うだけなら誰でも出来るけど……実際行動できる人は限られてますよ」
ユーリの言葉にレイムは目を細めて「ありがとうございます」と礼を返す。そして彼はこう続けた。
「でも、先ほども言ったように僕自身が孤児なんです。自分の親のこと、あまり覚えていません。愛されていたのかすらわからない。……ユーリさん、僕はちゃんと子どもたちの面倒を見れていますかね」
「……」
先ほどの自分の問いと重なるレイムの言葉に、ユーリは彼を見返してしばらく沈黙する。黙って見つめるユーリに、レイムも口を閉ざしたまま薄く微笑んでいた。
「……レイムさんはちゃんと保護者してるって、俺は思いますよ」
やがて口を開いたユーリは、そうレイムへと言葉を返す。性分的にあまり素直に他人を褒めたり認めたりはしない彼だが、珍しくそれは嘘偽りない素直な賛辞の言葉だった。
「そうですか……それならよかった」
「あぁ……カイル達が毎日楽しそうで、笑顔でいられるのはあんたのおかげでしょう。ホント、すげーって思います。俺とそんな歳かわらねぇのに、立派なことしてるよなーって……」
嬉しそうに笑うレイムは、「僕も正直、毎日悩みながらやってるんですけどね」と前置きしてからユーリへとこう告げた。
「僕もユーリさんと同じ悩みを抱いていたから、教会を引き継ぐときに少し心配でした。僕が子どもたちを正しく導けるだろうか、と……けれども今こうしてユーリさんに評価していただけたことが、答えなのかなと思います」
「……なんか照れるんすけど」
言葉どおり照れる感情を苦笑で隠すユーリに、レイムは楽しげな笑顔を返した。
「まぁ、そういうわけです。ユーリさんもアーリィさんも、きっと立派なご両親になれると僕は思いますよ?」
「……そう、ですか」
レイムの言葉に頷きながら、ユーリはふと考える。
自分は親を知らない以上に、自分が生きるために他人を犠牲にし過ぎていた過去がある。それはレイムを含めた誰にも語るつもりはない、もう二度と思い出したくもない過去だが、しかり自分とは切り離せない確かな事実として存在している。
今の自分は夥しい他人の死の上に立っていることを考えると、時々言いようのない不安に駆られることもある。こんなにも汚れた自分が未来ある存在を導けるのだろうかと、そんな不安もある。
一方で、もしかしたら……と、ユーリは考える。彼の脳裏には孤児院で働くイリスの姿が浮かんだ。同じ他人の血に塗れて生きてきた彼が、今は孤児院の保護者として子どもたちの面倒を見て暮らしている姿は、自分にとって希望のようにも思えた。自分にも、彼のような未来を作ることができるのかもしれない、と。
「……うん。ありがとーございます、レイムさん。相談して、ちょっとすっきりしました」
自分の中の考えを整理し、そして決意を固めたらしいユーリは、先ほどまでの冴えない表情から一変して笑みをレイムへと返す。彼の様子が明らかに変わったことを確認し、レイムもまた嬉しそうに微笑んだ。
「それはよかったです」
「はい。……あの、カイルのこと、前向きに考えたいと思います」
「おや、考える、ですか……」
レイムは悪戯っぽく笑い、「僕はすぐにでも親になっていただければと思うんですが」と言う。ユーリは「すみません」と苦笑を浮かべた。
「ちょっと今はごたごたしてて……もう少ししたら落ち着くと思うんで、その時に。アーリィにも話しないといけないし」
「わかりました。いつでもお待ちしています」
レイムの返事を聞き、ユーリは立ち上がる。そうして彼は「ありがとうございました」と頭を下げ、レイムに見送られて教会を後にした。
◆◇◆◇◆◇