古代竜狩り 76
「ユーリお兄ちゃんと遊びたかったー」
「カイル、君はそもそも遊ぶ前に掃除をしないといけないですよ」
「うっ……!」
レイムの静かな突っ込みに、カイルは思わず顔をしかめる。しかし素直な少年は「はーい」と返事をして、また礼拝堂の奥の扉へと走っていった。
「おにいちゃん、またね! 今度は遊んでねー!」
ドアを開けながら振り返って、そうカイルはユーリへと声をかける。それに対してユーリは軽く手を挙げながら、「あぁ、全力で遊んでやる」と笑みを湛えて答えた。
「やくそくー! じゃあね!」
騒がしく少年が立ち去ると、ユーリは楽しそうに笑いながら「ホント、子どもは元気だな」と思わず呟く。レイムも同意するように目を細めながら「そうですね」と言った。
「あぁ、それでユーリさん……僕に話とは?」
レイムが視線をユーリに向けて改めて問うと、ユーリは「あ、あぁ」と少し迷う様子を見せた後、こう口を開いた。
「以前、ちょっと話した……養子についてのことです」
ユーリのその言葉にレイムは少し驚いた表情を見せた後、すぐに表情を微笑みへと変えた。そうして彼はユーリに、正面の椅子へ腰掛けることを進める。
「なるほど。どうぞ、座って話をしましょう」
「あ、あぁ、すみません」
「あ、お茶はいかがですか?」
にこやかに問うレイムに、ユーリは「いや、長居するつもりはないんでお構いなく」と返した。そして礼拝堂の長椅子に腰掛けたユーリの隣に、レイムも腰を下ろす。
「あー……それで、レイムさん」
「はい」
本題を伝えたはいいが、その後どう話を進めたらいいのか迷う様子のユーリを、レイムは柔和な笑みを湛えたまま横目で眺める。しばらくユーリは困ったように「あー」とか「えー」とか唸っていたが、やがてこのままでは一向に話が進まないと彼も気づいたらしく……
「……つーかレイムさん、無言で俺を見るのやめてくれません?!」
「ははは、すみません」
何かからかっているようなレイムの態度にユーリが抗議すると、レイムは謝りつつも「でも、僕に話があると言ったのはユーリさんですから」と返す。
「ですから、話を待っていたのですけど」
「うぐ……そ、それはそうなんスけど……」
苦い顔をするユーリを見て、レイムは目を細めて笑いながらこう口を開いた。
「以前もお伝えしましたが、僕はあなた方夫婦にカイルを引き取ってもらえたら……と、思っていますよ」
「……」
レイムの言葉を耳にしつつ、ユーリは何か考える眼差しで正面を見つめる。視線の先には、名を知らぬ神の像。
「カイルも、あなた方にとても懐いていますし。ここでこのまま孤児として生活するよりは、両親の愛情を知って育ってほしいと思います」
「……俺は」
続けられたレイムの言葉を遮るように、ユーリは正面を見つめたまま徐に口を開く。険しいとさえ感じる真剣な彼の表情を、レイムは横目で見つめた。
「俺も、その……孤児みたいなもんで、両親の愛情っつーもんを知らねぇで育ちました。今はもう、自分の両親てのがどんな存在だったのかもよく覚えてない。アーリィに至っては……彼女には、親がいないんです」
「……それは、どういう」
困惑した様子で問うレイムに、ユーリは少しだけ表情を緩め、苦笑しながら「言葉どおりです」と返した。
「詳しくはお話できないんスけど、アーリィも親というものを知らないんです。それどころか彼女自身が大きな子どもみたいなところもあって……そんな俺たちが、ちゃんと……親になれるんでしょうか」
ユーリはレイムへ視線を移し、そんな問いを彼に向ける。レイムを見つめる白銀の眼差しには、迷いと戸惑いが浮かんでいた。
レイムは彼の視線をまっすぐと見返したまま、数秒の沈黙の後に、やはりどこか優しい笑みを口元に湛えて「そうですか」と頷いた。
「親を知らない自分たちが『親』になれるのか……自信がないということですね」
「……まぁ、そうッスね」
ユーリは気まずそうな顔でまた頭を掻き、「以前、レイムさんに養子をすすめられた時からメッチャ悩んでたことなんですよ」と言った。
「その、カイルを引き取って育てないかって、相談してもらったこと自体は嬉しかったです。アーリィはどうしたって子どもを作ることができないから……そうするしか、俺たち夫婦は子どもを持つことが出来ない」
「……その話を聞いたから、僕も相談をしたんです。ここは親に捨てられた子どもたちを保護する場所ではありますが、できればそれは一時的なものであってほしいと僕はいつも願っています。それに、カイルはあなた方お二人にとても懐いていますからね」
「けど、今話したように……俺もアーリィも親を正しく知らないままでここまできたから……」
ユーリは普段の彼らしくない弱々しい声で、「自信がないんです」と呟く。深くため息を吐くようにその言葉を紡いだ彼に、レイムは変わらぬ優しい声音で「大丈夫ですよ」と告げた。
「親の愛情を受けて育った人でも、自分の子どもを正しく愛することができないことがあります。ですから、その逆もまた然り、です」